ナイアシン発見の歴史はペラグラの予防と治療から

この記事では、ナイアシン発見のきっかけとなったペラグラという病気と、ペラグラが伝染病ではなく、食事の内容で予防・治療できることを発見したジョゼフ・ゴールドバーガーと、彼の行った実験について書きます。

何でたらこが出てくるんだと思われたでしょう。

調べたところ、生のたらこは100gあたり54.2mgNEのナイアシンを含み、生の食品の中ではダントツです。

たらこ

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ペラグラを防いで治療する

ナイアシンの発見は、栄養学を拓いた巨人たちに紹介されていました。ペラグラを防ぎ、治療する物質として同定されたのです。

ペラグラという病名は聞いたことがありませんでした。調べてみると、症状が皮膚に出るので見た目がひどく、毎年多数の人がかかり、多くの死者も出ていたので伝染病だと考えられていました。

20世紀初頭、米国南部の貧しい人々の間に蔓延し、毎年数千人もの死者を出した「ペラグラ」という病気がある。

その名称はイタリア語の「Pelle」(皮膚)と「agura」(荒い)を組み合わせたもので、文字通り皮膚の紅斑や赤舌、口腔炎など、粘膜上皮に炎症を起こし、さらには消化不良、貧血、下痢、精神障害など、あらゆる忌まわしい症状が現れる。

ウイキペディアのペラグラを見ると、皮膚炎の写真がでています。ひどくただれているように見えます。こういう症状の人がたくさん出てくると、伝染病を疑うのは当然かもしれません。

見ただけで、とても怖いと思いますね。

ジョゼフ・ゴールドバーガー

ジョゼフ・ゴールドバーガーは疫学の専門家でした。疫学とは、個人ではなく、集団を対象とし、疾病の発生原因や予防などを研究する学問のことです。

ペラグラの原因調査に着手したのは、公衆衛生局の医務官ジョゼフ・ゴールドバーガーであった。(中略)

ゴールドバーガーはまず、ペラグラに関する夥しい報告を読んだ。しかし、何の手がかりも得られなかった。次にペラグラが流行している地域のある病院を訪ねた彼は、そこで驚くべき事実を見た。

多くの入院患者がいるにも拘わらず、医師や看護師に一人もペラグラにかかった者がいなかったのである。

彼はさらにほかの多くの病院を訪ね、どの病院でも従業員にペラグラ患者はいないことを確認した。

この事実は、ペラグラが伝染病であるという考えを覆すものであった。

伝染病でなければ、原因は何か?ゴールドバーガーは、食生活に原因があると考え、病院の食事の献立を調べ始めました。

食事で治療できる

従業員はミルク、バター、卵、肉などの動物性食品を食べているのに対し、貧しい入院患者は穀類、トウモロコシなどの糖質が多く、タンパク質をほとんどとっていないことが分かった。

ゴールドバーガーはさらに、多くのペラグラ患者がいるある児童養護施設の食事を調べた。

ここでは孤児たちを年齢により(1)6歳未満、(2)6歳以上、12歳未満、(3)12歳以上、の3つのグループに分けて別々の献立で食事を与えていて、ペラグラ患者は、(2)のグループに集中していた。

それぞれの献立を調べたゴールドバーガーは、(1)のグループには大量のミルクが、(3)のグループには十分な肉が与えられていたが、(2)のグループには肉もミルクも少量しか与えられていないことに気がついた。

そこで彼は、(2)のグループにも十分なミルクと肉を与えさせた。結果は劇的だった。

その施設にペラグラ患者はたちまちいなくなった。

それを見て彼は一般の病院でも、ペラグラ入院患者の食事を従業員と同じ内容にさせたところ、やはり患者は快癒してしまった。

ミルク、卵、肉を与えるとペラグラが快癒してしまうなら、それらの中に含まれている物質がペラグラを予防し、治療効果をもつと考えれば問題は解決できたと思うのですが、ことはそう簡単ではなく、伝染病だと信じている人たちを説得しなければならなくなりました。

伝染病だから自分もいつ罹患するか分からない。恐ろしいと考えている人たちにとって、食事で治りますよと教えてあげても「ウソをつくな、ふざけるな」といわれるのでしょう。

予防の効果をあげるために、食事の改善によってペラグラが治ることを示しただけでは不十分で、もし伝染病ではないというなら、不適切な食事がペラグラの原因になることを示さなければならなくなりました。

食事でペラグラの症状を再現する実験

管理された環境で、同じものを何人かで食べて、ペラグラの症状がでるなら伝染病ではないと証明できると考えられました。

ゴールドバーガーは、刑務所の囚人に協力してもらうことを思いついた。実験動物の役を果たしてくれる代わりに、もし特赦が与えられれば、囚人たちは喜んで協力してくれるに違いない。

彼はミシシッピー州知事にその要請をして、理解ある許可をとりつけることができた。(中略)

彼らに与えられた食事は、すでに病院や児童養護施設で調査ずみの、タンパク質が少ないものであった。(中略)

やがてペラグラの症状が現れはじめ、日ごとに悪化していった。ついには最も特徴的な皮膚の紅斑も現れた。

ゴールドバーガーは念のため医師を呼び、彼らの症状が典型的なペラグラのそれであることを確認させた。

この実験結果は学術雑誌に論文として発表され、彼の結論ーミルク、卵、肉に含まれる物質にペラグラの予防・治療効果があることは学問的に承認された。

ところが意外にも、問題はまだ片づいていなかったのである。

ゴールドバーガーは、ペラグラを発症した人の食事内容を変えてペラグラを治癒させて見せ、さらに、ペラグラではない人の食事内容を変えてペラグラを発症させて見せ、予防・治療効果がある食品をはっきりさせたのですが、多くの医師たちから非難を受けたというのです。

もちろん、彼らはペラグラは伝染病だと信じていたのです。症状がとてもひどくたくさんの人がかかるので、発見されていない病原菌が原因ではないかと考えたのでしょう。

ペラグラが伝染病でないことを証明する

そこで、伝染病なら必ず感染するような状態をつくり、ペラグラが伝染病ではないことを証明するための実験をすることになりました。

ゴールドバーガーは、ペラグラがもし伝染病であれば、必ず感染するに違いない条件を考えた。

  1. ペラグラ患者の血液を採取し、健常者の体内に注射する。
  2. ペラグラ患者の鼻腔と喉から分泌物を採取し、健常者の同じ場所に塗布する。
  3. ペラグラ患者の排泄物や、皮膚の紅斑部分の組織を、健常者の食物に混ぜて食べさせる。

これらを実行し、それでも健常者がペラグラを発症しなければ、もはやこの病気が伝染病であるなどという主張をすることは不可能となる。

この実験は、まるで拷問みたいなエグさがあります。しかし、ゴールドバーガーと、彼の妻、その他16人がこの実験を行い、誰一人ペラグラを発症した者はいませんでした。

ニコチン酸の発見

こうして、ペラグラの予防・治療に有効な物質がミルク、卵、肉などに含まれることが明確になりました。この物質は「P-P因子」と命名され、酵母にも含まれていることが発見されました。

P-P因子の同定は、ゴールドバーガーの死後8年たった1937年に完結した。意外にもこの物質は、まったく単純な構造のニコチン酸であった。

ニコチン酸は19世紀から知られていて、タバコに含まれるニコチンの酸化によって生じる。

ニコチンはすべての動物の体内に広く存在し、重要な酵素あるいは補酵素の構成成分となっている。

ニコチン酸を水溶性のビタミンB複合体として同定し、ビタミンのメンバーに仲間入りさせたのは、米国のエルビーエムであるとされている。

まとめ

ビタミンB1の発見のきっかけは、脚気。ビタミンC発見のきっかけは壊血病でした。条件が揃うと多くの人が罹り、ひどくなると死んでしまいます。

ナイアシンはビタミンB3ですが、その発見のきっかけは、ペラグラという、見た目がひどく多くの人が罹って死んでしまう病気にありました。

今の時代、脚気も壊血病もペラグラも、罹った人を見たことも聞いたこともありません。

今は、食品の安全性が心配なことが多々ありますが、栄養のバランスが極端に偏ることはない時代なんだなと感じます。

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