水が嫌われている時代があった

いまから150年足らず前まで、水道水は感染症の原因になり、安全でなくおいしくないものでした。水を飲む人は変わり者だと思われ、水がひどく嫌われた時代があったなんて。水に恵まれた日本に住むわれわれには信じがたい話です。

水

水の歴史 (「食」の図書館)を読みました。原書房のこの翻訳本シリーズは、面白い本が多いです。

最初、この本には、きっときれいな水の物語がたくさん紹介されているのだろうと思ったのですが、最初の方で水が嫌われていた時代が紹介されていて、面食らってしまいました。

日本は水に恵まれた国です。川が多く、しかも水源である山から河口までの距離が短く、(本来)汚れにくい。

水を嫌うという感覚は分かりにくいなと思いました。

水を飲む人は変わり者

今の時代からは考えられないのですが、水が嫌われている時代があったのです。

17世紀頃から、衛生関係者は水を飲む習慣の重要性を一般市民に広めようと骨を折ってきたと書かれていました。

水が汚かった

しかし、その頃の水はきれいではなかったようです。こんなことも書かれていました。

18世紀のドイツ人旅行作家ヨハン・ゲオルク・ケスラーは、パリを去るときにはすっかりうんざりしていたらしい。

町には、サマリテーヌとノートルダム橋のふたつの給水塔からポンプで汲みあげた水が大量に供給されている。しかし川から汲みあげただけの水なので、町の中心地に来る頃にはすっかり汚れ、悪臭を放つまでになる。

一方、郊外では―面倒なことに―水を「水運び人」からわざわざ買わなければならない。

酒は水がわり

飲み水がこんな状態だったので、水を飲むことがとても変わっている行動だったようです。今の時代からは考えられないことですね。読みながらすごく違和感を感じます。

私もビールは(特に)好きですが、水代わりに飲むと、アルコールの脱水作用のためにかえって後でひどく喉が渇いてしまうだろうと思うのですが・・・。

イギリス人の水嫌いは世界的に有名で、病的な恐怖症と言ってもよいほどだった。水を飲むと皮膚の下に水分がたまり水腫になりやすいという近世の迷信が原因のひとつだ。

アメリカに最初に渡ったイギリス人入植者が水を毛嫌いし続けたのは、イギリスではビールやエールのほうが一般的だったためだろう。(中略)

同じように、フランス人の聖職者にして植物学者のペール・ラバは、1690年代の大同盟戦争(九年戦争)でスペイン軍の捕虜になった際に、軍つきの聖職者に「わたしの国では水を飲むのは病人とニワトリだけだ」と伝えたという。

昔のヨーロッパ人に「好きな飲み物は何か」とたずねれば、彼らの多くが「アルコール飲料」と答えたと思われる。

水を大量に飲む人は世間から揶揄されることもあった時代である。『脅威の部屋 The Cabinet of Curiosities』(1824年)という本では、水が大好きだったフランス人女性カトリーヌ・ボーセゴーに触れ、幼少期には1日に手桶2杯、成人してからは多いときで1日11リットルの水を飲んだと紹介している。

両親に水を飲むことを禁じられたカトリーヌは、こっそり川や泉で水を汲み、隣人からも分けてもらった。

どうやら当時の社会は、水を飲むことはごく普通の行為であり、反社会的な活動ではないという考えにまだなじんでいなかったようだ。

現在なら、ボーセゴーの飽くことを知らない水への渇望は非難されないだろう。しかしわずか数世紀前は、水を好む者は好奇の目にさらされ、変わり者として社会からはじきだされる危険があった。

水が汚れていて飲みたくないという考えまではわかります。しかし、それが高じて水を否定する考えまで出てくるとは。

水を否定する

ここから先は、水に対する「言いがかり」みたいなものです。まったく人はあとづけの理屈をよく考え出すものだと思います。

ニュートンまで出てきます。

18世紀、オーストリアの外交官にして作曲家のゴットフリート・ファン・スヴィーテンは、人間は本来水を飲む生物でなはないと考え、「毎日生ぬるい水をちびちび飲んでいる若い女性は、ひ弱で締まりのない年輩女性になる」と述べた。(中略)

水に対するこうした否定的な見解は、有名な科学者アイザック・ニュートンの研究によって学問的にも裏付けられていた。

ニュートンは、神は動物を水を飲むものとして創られたが、人間は例外だと仮定した。さらにこの興味深い説と、人間は食べる前に肉を調理する唯一の動物だという解釈を結びつけた。

ニュートンによると、肉を調理すると食欲が増すと同時に消化もしやすくなるが、熱い食べ物によって体内温度が上昇するので、冷たいもので抑える必要がある。

そのため、先史時代に人間が水を飲み始めたのは、この体温調整という必要に迫られてのことだったという。

しかもニュートンは、人間が水を飲む生き物に自然に変化したことを肯定的にとらえず、本来あるべき姿からかけ離れた状態と考えた。

調理の習慣を持ったために水を飲むようになり、それが原因で健康問題が起こり始めたというのである。

アイザック・ニュートンは、1643年から1727年まで生きた人です。何でこんなに屁理屈をこねてまで水を嫌うのでしょう。

ところで、ニュートンと同時代に生きた人の中に、レーウェンフックがいました。顕微鏡を発明した人です。

微生物の発見

ウイキペディアのアントニ・ファン・レーウェンフックによると、レーウェンフックは1632年~1723年まで生き、1674年に顕微鏡で微生物を発見したと記録があります。

もちろん、この時まで微生物の存在など知られていませんでした。微生物が発見されその中に病原菌がいることがすぐ分かると話が分かりやすくてよいのですが、なかなか物事はそう簡単には進みません。

病原菌の発見までさらに200年

ウイキペディアの病原体を読むと、ドイツのロベルト・コッホが、初めて炭疽症を起こした動物から分離した炭疽菌の病原性を発見したのが、1876年。

さらに、1882年、ヒト結核の病原体として結核菌を分離しました。さらに翌年、1883年にコレラ菌を分離しました。

顕微鏡で微生物を発見してから病原菌を最初に発見するまで、200年経っています。

その少し前、ロンドンの水道水を顕微鏡で覗いてスケッチしたものを公開した人がいました。

1850年代、イギリス人医師にして化学者、顕微鏡学者、食品研究家のアーサー・ヒル・ハッサルは、公共水道の不純物を明らかにし、ビクトリア朝中期の大衆をパニック状態に陥れた。

1850年に出版され人気を博した著書『ロンドン市民に供給される水の顕微鏡実験』と歯に衣着せぬ急進的な医学雑誌『ランセット』に、顕微鏡で発見されたロンドンの水道水中の気味の悪い生物のスケッチを掲載したのだ。(中略)

水には微生物が群れ潜み、なかには飲むと危険なものもあるという知識を一般市民にまで浸透させたハッサルの功績は大きい。

彼の不気味なスケッチがきっかけで、飲み水の水質改善運動が起こった。

この時は、もちろん、まだ気味の悪い生物が体に悪い働きをすることがわかったわけではありません。しかし、感覚的によくないものだと思うのが普通でしょう。

この当時の状況が書かれていました。

当時は疫病を研究する細菌学の専門組織もなかったので、ロンドンでは1831年だけでコレラが原因で6536人が(イギリス全体では5万5000人)、パリでは2万人が(フランス全体ではさらに8万人が)亡くなっている。

今の時代なら、「水を殺菌して清浄にすればよい」だけだと分かりますが、この時代は、コレラは空気感染すると信じられていたそうです。

安全な水の確保

それをくつがえしたのは、イギリス人麻酔科医ジョン・スノーでした。

1854年にコレラが大流行してロンドン市民約1万1000人が亡くなったとき、スノーは自身のソーホー地区の診療所近くにある共同井戸から飲み水を引いている住人に感染者が多数出ていることに気がついた。

一方、自前の給水所を持っていた近郊のビール醸造所の労働者は感染していなかった。さらに調査した結果、付近の下水管から漏れた汚水が飲み水に混入していたことが判明し、これがコレラの直接的な原因であると断定した。

スノーが飲み水の歴史で重要な役割を果たしたことは明らかだ。コレラと汚染水の関連に気づいてからは、塩素を使って水中のコレラ菌を殺す方法を開発し、無臭でおいしい水は安全だという考えに警鐘を鳴らした。

上で書いたように、病原菌が発見され始めるのが1876年からです。コレラ菌も1883年に発見されます。

原因が分かればそれを取り除けばよいので、これ以降、水道水がきれいになっていきます。

しかし、水にやっかいな病原菌が含まれていることが分かったのは、ここ150年足らずの間のことです。水に恵まれた日本はともかく、ヨーロッパではきれいで安全な水を確保するために長い時間がかかっていて、そのため水が嫌われものになっていたことが分かりました。

まとめ

汚い水しか得られない時代、ただのおいしくない水を飲む人は変わり者と思われていました。水分を摂るにはアルコール飲料が飲まれていました。

本当にのどが渇いた時は、水が一番おいしく感じるものだと思うのですが、そう思えないくらい水が汚くてまずかったのでしょう。

病原菌が発見され、水を殺菌し清浄にする方法が考えられてから、水道水はきれいになりました。

水を飲むことは健康を維持するために必要なことです。今までいくつか水についての記事を書きました。

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