イスラエルの点滴灌漑の技術がどんなきっかけで生まれたのだろうと本を探したら、それも含めて、イスラエルが水を節約し、水を再生し、海水から真水を得る技術を知ることになりました。命の水を得るための執念を感じます。
イスラエルは水を節約し、水を再生し、海水から真水を得る
水危機を乗り越えるを読みました。
点滴灌漑について、なぜこんな技術が発明されたのだろうと詳しい本を探していたら見つけました。
点滴灌漑は、もちろん少ない水を極力ムダをなくして使うために考えられた技術です。しかし、この本を読むと、砂漠の国イスラエルが真水の水源が乏しい中で、点滴灌漑用の水のみならず、どのように水を確保しているのか知ることができます。
一言でいって「すごい」です。
イスラエルは水を節約し、水を再生し、海水から真水を得ています。
点滴灌漑は1960年代に発明された
イスラエル建国は1948年のことですが、1960年代に点滴灌漑は実用化されていました。食料を生産することと、そのもとになる水を切り詰めて有効に使うことがいかに切実なことだったのかわかります。
発明者はシムハ・ブラスという人です。きっかけについてこのように書かれていました。
発明のきっかけ
点滴灌漑の「点滴」にするのは水量をケチるための方法であり、常時水を少量与えていることが順調な生育につながるようです。
当時、若き水のエンジニアだったブラスは、井戸の掘削の指揮をするためにある村を訪問していた。あるときフェンス沿いに植え付けられている木々の列に目をとめると、奇妙なことに気づいた。
ほかの木に比べて一本の木だけが隆々とそびえ立っている。どの木も同じ樹種で、植えられた時期もどうやら同じようである。土壌も同じ、日差しも天候も降雨などの条件にちがいはない。どうしてなのだろう――ブラスはいぶかしんだ。連なって生えている木のうち、なぜ一本だけがあれほど立派に成長しているのだろうか。
その木の周囲を歩いてみた。根元のほうに金属製の灌漑用パイプが置かれ、そこからわずかに水がしたたっていた。少量だが水は安定しており、水滴は確実に木の根に達してほかの木を圧倒するほど生育することができたようである。
点滴灌漑のポイントは、以下の点です。
- 点滴灌漑は水のムダを極力排除するために、点滴装置は、作物の根のそばの土中に置かれます。
- 点滴灌漑によって、その他の灌漑方法、水路から水を引いたり、スプリンクラーによる散水と比較して、50~60%の水が節約できるようになります。
- 点滴灌漑で作物の生産量は、その他の灌漑方法で生産したものよりも生産量が増えることです。
生産量が一体どのくらい増えるのか興味がありますが、ちゃんと書かれていました。この本は2015年に出版された本ですから、最近の話です。
近年オランダでおこなわれた対照実験では、最先端の点滴灌漑の装置を用いた場合、40パーセントの用水を節約しながら、灌水灌漑に対して550パーセントの生産量をあげていた。
さらに、なぜ点滴灌漑で栽培すると多収穫でき、品質が優れているのかについてもイスラエルの技術者のインタビューが書かれていました。
「水を過剰に供給すると植物の根は水浸しになって酸素が奪われます。これが灌水灌漑であり、スプリンクラー灌漑です。作物にはストレスにほかなりません。
今度はある期間にわたって、まったく水を与えないようにします。これもまた別の形で作物にはストレスですが、作物が生育期にあるあいだ、これが何度も繰り返されています。
一方、定期的に水を滴下した場合、そのままにしておくと植物の生産力はもっとも高まります」
自然の中の植物は、雨と晴れの繰り返しのなかで生きていますから、栽培するときも同じようにして水を切らして乾燥させすぎなければよいのかと思います。
しかし、点滴灌漑をすることで新しい発見をすることになったのでしょう。
施肥灌漑(ファティゲーション)
点滴灌漑は、施肥灌漑(ファティゲーション)と呼ばれる技術になりました。水に肥料を溶かして施肥を同時に行うのです。
- 点滴灌漑の特徴である節水ができます。
- 化学肥料が効果的に与えられるので、化学肥料の使用量を大幅に減らすことができるようになりました。
- 化学肥料の使用量が減ることで、地下水の汚染を避けられるようになった。
少ない水で栽培でき多収穫ができる種子の研究
水が乏しい環境で作物を栽培するために、少ない水で多収穫ができる種子が研究されました。品種改良の方法には、昔からある育種と、遺伝子組み換えがあります。このことは大切だと思ったので、先に抜き書きしておきます。
イスラエルでは遺伝子組み換え作物は栽培されない
イスラエルの種苗会社は、海外の多数の顧客向けに従来通りの種苗と遺伝子組み換え(GMO)の両方の種苗を生産しているが、イスラエル国内でGMOを使う農家は皆無だ。
遺伝子組み換えに対する拒絶というより、むしろ市場感応度を考慮した判断である。
ヨーロッパでは大多数の消費者が遺伝子組み換え作物を信用しておらず、そしてヨーロッパの大勢の消費者がイスラエル産の作物を求めているのであれば、使用するのはおのずと従来法の種苗にかぎられる。
なかなかクールな態度です。需要がある(?)遺伝子組み換えの種は作るが、作物を輸出するためには、イスラエルでは遺伝子組み換え作物は栽培されないのです。お客さんが「要らない」といっているものは栽培しない。
とはいうものの、種子に求める条件はかなり厳しいです。
茎の短い小麦と葉の枚数が少ないトマト
イスラエルの種苗業者は、茎を短くした新種の小麦を開発しました。「茎が短い」意味は、水を使ってまで茎を生育する必要がないと考えているのです。水を節約することに徹底しています。
さらに、葉の枚数は数枚で密植が可能なトマトの新種を考案しました。葉やツルのために水を供給する必要がないと考えているのです。目的は、トマトの実の総数と重さです。
塩水でも生育する果物と野菜
イスラエルのネゲヴ砂漠の地下には帯水層があるのですが、掘削したときに出てくる水は、半塩水で飲用できないのです。
しかし、この半塩水を使って栽培できる作物が開発されています。たとえば、メロンやトウガラシ、トマト、ナスなどなど。半塩水は飲用に使えないので、これを使って作物が栽培できれば、真水を使わずに節約して食料を増やすことができます。
さらに、もう一つ利点があります。
作物の糖分が増す
塩分を含む水を植物が吸収すると、植物の細胞のしくみにも変化が生じる。細胞内の水分は減少するが、天然由来の糖分はむしろ増加している。これによって質感にも優れ、甘味がさらに増した果物や野菜を栽培することができる。
この話は、糸川英夫さんの本でも読んだことがあります。単純に考えれば、塩水を与えると浸透圧の関係で、細胞から水が外(塩水の方)へ出ていこうとします。そうすると細胞は生存の危機に陥りかねないので、糖分を作って対抗するのです。
半塩水を使うことで、品質が上がるというメリットがあります。
さて、これまでは、得られる水を節約することについて書いて来ましたが、次は、水に恵まれた日本人には「えっ?」と驚いてしまう、廃水の再利用についての話です。
廃水を再び水に戻す
イスラエルでは、国の汚水の85パーセント以上が再使用されているそうです。強調しておきますが、「再使用」です。
私は自転車が趣味で、多摩川サイクリングロードを走ることがあります。多摩川には水処理場が何ヶ所かあります。ナショナルジオグラフィック日本版の記事『生活排水も「水源」多摩川はこうして復活した』を読むと、羽村の取水堰から抜き取られる以上の処理水が多摩川には流れているそうです。

日本の処理水は、きれいになったんだなと思いますが、イスラエルでは川や海に流されるのではなく再使用されるのですから相当な違いがあります。
その方法も驚くほど大胆です。
帯水層の上にある砂を使って浄化する
廃水を最後に浄化するのは砂です。二次処理水を帯水層のうえに広がる砂丘の細密な目を追加のフィルターとして使い浄化します。浄化された水は、帯水層へ戻り、また、くみあげられて飲用以外の水として使用されます。
ちなみに、廃水は、し尿を含む下水です。シャワーの水も、台所からの洗い水も、食べ物の残りカスも全部含まれます。有機物がたっぷりです。多摩川の水処理の話を先に書きましたが、例えるなら、多摩川に流される処理水をさらに砂で浄化して、再使用するのです。
簡単に一次処理、二次処理についてふれておきます。
一次処理は、悪臭をおびた褐色の水から沈殿物(汚泥)を取り除く処理です。二次処理は、バクテリアと大量の酸素を混合し、下水に残っている有機物質を食べつくしてもらう処理です。
三次処理は、土壌帯水層処理法(SAT)と呼ばれ、6ヵ月から1年かけて不純物を残らず濾過した水は高い品質の水に変わっていました。
再生水は農業に使われる
再生水の約85パーセントは栽培のために利用されています。イスラエル国内で使用されている農業用水のおおよそ1/3をこうした処理水が占めるようになったとあります。
しかし、あなたが農家だったら最初から再生水を使いたいとは思わないでしょう。誰でもそうだと思います。
そこで、再生水を使う料金を下げ、さらに再生水には肥料になるチッ素分が多いと啓蒙活動も行われました。
しかし、一番の魅力は、安定した供給量でした。
安定した供給量
砂漠の国で水を確保するのは大変なことです。天候や降雨量によって変動します。しかし、再生水は毎日使われて出てくる廃水が水源なので、安定して供給されます。
しかも安く提供してくれるのですから、安全性さえ保証されれば使われるようになります。
廃水を飲用以外再利用するというのは、相当インパクトがありますが、イスラエルの水に対する執念はこれだけではありません。
海水を真水に変える
海に行けばいくらでも水がありますが、塩を抜かなければ真水になりません。単純に、塩水を煮詰めていき、出てくる蒸気を凝結させれば、真水が得られます。しかし、それにはエネルギーが必要です。かなりのコストがかかります。
イスラエルでは、当初、半塩水を氷結させて真水を得る研究からスタートし、蒸発室を使った蒸気圧縮法、さらにアルミ製のパイプを使った多重効用法が開発されたとありました。
しかし、この部分は、あっさり書かれているので技術内容はわかりませんでした。
逆浸透膜
逆浸透膜は英語ではReverse Osmosis Membraneといい、RO膜と呼ばれます。時々浄水器の話題で聞きます。
アメリカでシドニー・ロープによって1960年代に発明されたものです。逆浸透膜は海水の淡水化を目的に開発されたものではなく、もともとは半塩水の淡水化を目的にしていました。彼はイスラエルに渡り、海水淡水化の技術協力をしました。
原理についてはこのように説明されています。
海水には真水と塩分をはじめとするミネラル分が混じり合っている。海水が逆浸透膜を通過するとき、海水は真水となって一方方向に押し出され、塩の分子は透過されずに残っている。
分離されたブラインと呼ばれる残液は海中にふたたび戻されるが、同様のプロセスでミネラル分やほかの不要な成分を原料の海水から取り除くことができる。
単純化して説明すると、海水に圧力をかけて膜を透過させると、塩が透過できないので膜のこちら側に残り、水だけが向こう側に透過するのです。それで真水ができる。
現在では、この海水から淡水化し真水を得る方法は、イスラエルが一番依存している方法となりました。
イスラエルでは日々五億ガロン(一九〇万立方メートル)近い量の真水が塩水から生産されている。
一〇年前にはわずか数基の装置がほそぼそと半塩水を脱塩し、海水淡水化は地中海から遠く離れたイスラエル最南端の町エイラートに小規模なプラントが一基あるだけだった。
かりに脱塩水をもっぱら一般世帯向けに供給し、この水に帯水層の水や井戸水、ガリラヤ湖から汲み上げた水を混ぜることもないまま送水していたにしても、現時点での総水量は、一〇年前のほぼゼロパーセントに近いレベルから、一般世帯向けの九四パーセントに相当する量を供給できるまでに増えたことになる。
これにて一件落着ではないところがすごいところです。逆浸透膜を使った海水を真水に変える技術は、真水を得る一つの方法だという位置づけです。まだまだ水を得る方法は開発されるのでしょう。
NOTE
この本を読むと、糸川英夫さんが日本とイスラエルを橋渡ししようとしていた意味がわかります。日本に足りないことが書かれているように思いました。
大切な水は国が管理しなければいけないと思います。
国が技術を支援して、節約、再生、淡水化の技術を開発させ、その技術を他国に売って稼ぐのがイスラエルの方法です。
この本の著者、Seth M. Siegelさんのサイトがありました。

サイトをざっと読むと、どうやら、空気(大気)から水を作る方法をこれから進めていくようです。これは私も興味があります。
除湿機を使ったことがある方ならご存知でしょう。日本のような湿度の高い国では空気中にたくさん水分が含まれています。無尽蔵の水源といえるかもしれません。ただ、取り出すにはエネルギーが必要です。