友情 平尾誠二と山中伸弥「最後の一年」

友情 平尾誠二と山中伸弥「最後の一年」という本を知った時、なぜ、平尾誠二さんがips細胞の山中先生と友情というタイトルなんだろうと不思議に思いました。しかし、読んでみるとよく分かります。第3章の初対面での対談が読み応えがあります。

ラグビー

友情 平尾誠二と山中伸弥「最後の一年」を読みました。

2015年のWカップで驚異的な強さを見せたジャパンラグビー。開幕戦となった南アフリカ戦はまだHDDに入れて保存してあります。そして、その翌年、平尾誠二さんが若くして亡くなったことも大きなニュースになっていました。

本は3章に分かれています。

第1章は山中先生が平尾誠二さんと知り合ってから亡くなるまでの6年間を綴り、第2章は、平尾誠二さんの奥さまが闘病の記録と山中先生の人柄を綴り、そして第3章は、2010年、週刊現代で二人が出会った時の対談が収められています。

第3章の対談は、未公開部分も含めて収められていて、本のページ数の1/3を占めるほど長く、とても面白かったです。第1章を読むと、2008年に電話でお二人は挨拶程度の会話をされたようですが、この対談が初対面だったそうです。

読みどころを2つご紹介しましょう。ご興味があれば、是非、本を読んでみてください。

常識を疑う力

平尾 ところで先生、「ルー・ゲーリッグ病」ってある?

山中 あります。筋萎縮性側索硬化症、略称ALSといって、全身の運動神経が冒されてどんどん変性していき、筋肉が萎縮して筋力が低下する病気です。

平尾 だいぶ前に、僕の友達がそれになったんです。僕より二つ年上で、学生時代はボクシング部やったけど、どんどん力が衰えて、何年も前に握力が二か三になって何にもできなくなった。

僕、それ聞いてものすごく悲しくなったんです。下世話な話、性欲はある。そやけど体、動かんわけですよ。それがつらいって。医者からは「さらに進行して、最後は呼吸ができなくなって死ぬ」と言われたそうです。

山中 そうですね。ALSはどんどん進行しますから。

平尾 ところが今、進行が止まっているんです。自分で杖をついて歩く状態が、ずっと続いている。彼は、ある人のアドバイスで、大阪にある足つぼマッサージに通っているんです。

「十回来い」って言われたけど、普通の人はめちゃくちゃ痛いんで、まず十回は通えない。そのくらい痛いらしいんですよ。

そこで施術しているおっさんは、医者の免許があるわけじゃないんです。どういう根拠なのかようわからんけど、「ビールは飲んでもいいけど、それ以外のお酒はダメ」「生の魚は絶対ダメ」「カルシウムは摂ったらあかん」とか、いろんなこと言われて、それを友達はずっと守っていた。

生活習慣も言われた通りにした。それから進行が止まっているんですよ。僕、それが不思議で不思議で。

初めにグーッと足のつぼを押されたら、なぜだかわからないけど、体のあちこちから膿が出てきたらしい。その時に彼に会ったら、膿が出てくるところにガーゼを当てて、その上にシャツを着ていました。

それがある時に膿が止まって、今はおさまっているんですよ。僕、それも変じゃないかと思ったんだけど。

山中 医学って、人の体や病気について解明できていないことがまだまだ多いんです。これだけ医学が進歩しても、僕らに見えているのは氷山の一角と同じで、実はその下に、人間の体はものすごい能力を秘めているのかもしれない。

僕ら研究者や医学者は、いろいろな治療をした時の患者さんの反応をありのままに認めないと、隠れた部分がいつまでたっても見えてこないんじゃないかと思うんです。

「研究者には才能のある人、ない人っているんですか」と訊かれることがありますけど、あるとしたら、どれだけ実験するか、実験の結果をいかに謙虚に受け止められるか、っていうことじゃないですかね。

たとえばその方のように、足つぼマッサージでALSの進行が止まった患者さんがいる。それを「科学的にあり得ない」と思ってしまったら、もう、そこまでですよね。

本当に足つぼマッサージが効いたのかどうかわからないですけど、事実としてそういう人がいるのなら、それはそれで真摯に受け止めて検証するような実験をしていくのが、研究者としての才能かもしれない。「常識を疑う力」と言えばいいでしょうかね。

私がもともと不思議な話が好きだということがあるのですが、この話は興味深かったです。足つぼマッサージで、あちこちから膿が出るようになって症状が止まるというのが何とも不思議です。

しかし、初対面のips細胞の山中先生に、この不思議な話をして意見を求める平尾さんもすごいと思いました。

わたしたちも、初対面の人と会った時、どんな人なんだろうと会話のキャッチボールをしながら探ります。しかし、話題の取捨選択は無意識ながらもていねいに行っています。何しろ初対面ですから。

私もタイプとして話し好きなので、どちらかというと話のネタを振る方です。しかし、初対面の医学部の先生にこのような話はしないです。

平尾さんはどんな意図があってこんな(面白い)話をされたんだろうと何度か読み返しましたが分かりませんでした。

そして、この話に対する、山中先生の返しは見事ですね。山中先生の出演されている番組はよく見ていますが、先生の本を読もうと思いました。

経験のなかで自信を獲得する

山中 今の若い人たちは、安定志向が強いと言われますね。

平尾 面白いことに、そういう世の中の傾向は、スポーツ選手の気質、スタイル、思考にも現れるんですよ。スポーツって社会にすごく影響を受けているから。

たとえば今の若いラグビー選手は、パスを狙ったところに送るとか、キックを正確に蹴るとか、そういう動作は僕らが学生やった頃よりも圧倒的に上手です。

ただ、スキルというのは「動作と判断力」なんです。今の若い選手は、動作は上手やけど、それを状況に応じてうまく使い分けるのはヘタですね。相手の裏をかくという発想がない。世の中の風潮が、機械的にものごとを考えるようになっていますから。

練習も、決まったことをどれだけ正確にするかという部分の方が圧倒的に多くて、それができる奴がいい選手なんです。

以前はそれでゲームがうまく運んだ時期もあったけど、今はもう、それじゃ勝てなくなってきています。

山中 それは難しい問題ですね。

平尾 相手の裏をかくといった発想がないのは、人間としての資質の問題じゃなく、多分、訓練の問題です。混沌としたところに放り込んで、なんぼでもゲームをやらせるほうがいいと僕は思うんです。

練習ではうまくいかないでしょうけど、経験のなかで鍛え上げていくしかない。

山中 スポーツは気のものですから、ちょっとしたことで「ダメだ」と思っちゃうこともありますしね。

平尾 そうなんです。気持ちというのは、訓練や経験を積み重ねながら獲得していくものですからね。自信がない奴というのは、最後の最後、本当は有利なのに、なんか不利なような気持ちになっているでしょ。これも経験不足からくるものですよね。

僕、先生の本を読ませていただいて、山中伸弥はいろんな経験をするなかで、「しゃあないな、こんなこともあるよな。でも、なんとかなるさ」みたいな「切り替え力」を体得していると思った。

これまでにはネガティブな経験もあったでしょ?

山中 はい。

平尾 でも、それがある状況によって、一気にいい方向に変わることもいっぱいあるんですよね。それを経験している奴は強いですよ。経験していないと、ちょっとしたことで「ダメモード」に入ってしまう。

そういう奴が、たくさんおりましてね。

山中 それで自信をなくしちゃう人も多いですよね。

平尾 こんなのぜんぜんたいしたことないやないか、っていうこと、ありますよね。たとえば、ラグビーの試合時間八十分間のうち初めに相手に制圧されても、そこからいろいろ考えていけば、帳消しにできることはいくらでもある。

「制圧された」というところに完全に目がいって身動き取れなくなるのは、経験不足なんですよ。

山中 精神力と言いますか。

平尾 神戸製鋼でプレーしているような選手でも、小さい時からそういう経験を山ほど積んでいる奴は意外と少なくてね。途中からラグビーを始めた選手も多いから。

山中 ああ、そうですか。ちょっと意外ですね、それ。

平尾 その点、外国の選手は子供の頃からゲームをやっているから、ちょっとしたことがゲームに大きく影響するってことを、経験のなかで体得しています。計算式じゃなくて、自分のなかの実戦経験って大事ですよね。

ラインマーカーを引いたところが大事なところです。平尾さんのいい方は、注意されても「このやろう」と反発する気持ちにならないどころか、希望が持てます。

普段、仕事を一緒にしている同僚を評価する時、「あいつは○○だから」などと、つい言ってしまうことがあります。○○とは生まれついての性格のように決めつけていることばです。

こういういい方は、何のプラスにもなりません。ただ、相手を否定しているだけです。

しかし、年齢が上がるにつれ、100mを9秒で走れといわれるような無理難題以外のことは、たいてい、努力×時間、もしくは回数で解決できる場合が多いのではないかと思えるようになってきます。もちろん、その道のりの長短には個人差がかなりあります。

しかし、「人間としての資質の問題じゃなく、多分、訓練の問題です」「これも経験不足からくるものですよね」と言えるには、それだけ訓練や経験によって物事を解決してきた過去があるからです。

平尾さんの言葉は、読んでいるだけで気持ちが明るくなります。

まとめ

もう相当前のことですが、1987年に利根川進先生がノーベル生理学・医学賞を受賞した時、立花隆さんがインタビューした精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるかという本がありました。この本は実に面白くて何度も何度も読み返していました。

しかし、その後、日本人が毎年のようにノーベル賞を受賞するようになってから受賞された先生について書かれた本に、あまり面白いのがないのです。それで読まなくなってしまいました。

しかし、山中先生の本は読みたいと思いました。

調べてみると、人間の未来 AIの未来という興味深い本が出ていました。

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