マヨネーズの栄養成分や歴史を調べた

マヨネーズ好きなんですが、栄養成分や使われている油の脂肪酸について、つくり方や、マヨネーズの歴史について調べたことがありませんでした。調べてみると、18世紀のフランスにすでにあったそうです。日本は江戸時代です。なかなか歴史が長いソースです。

マヨネーズ

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私、マヨラーです

私は子どもの頃から生野菜が好きで、ピーマン、ニンジン、セロリ、パセリなど香りの強い野菜も好きです。生野菜にマヨネーズをかけて食べるのが好きです。

1970年代の後半から、いろんなドレッシングが出てきて野菜にかけて食べてみましたが、やはりキューピーマヨネーズが一番好きです。

ジャガイモを蒸かしてキュウリと玉ねぎとを入れてポテトサラダを作って食べるのも好きです。ついでにビールがあるともっと嬉しい。

マヨネーズって英語ではmayonnaiseと綴ります。あんまり英語っぽくない感じがしますね。

マヨネーズの栄養成分

マヨネーズの栄養成分について調べてみました。スーパーで売っている普通サイズのものは卵黄型。全卵型は業務用の1kg入りなど大きなサイズに多いです。

業務用サイズは、乾物屋さんか業務用のスーパーに行くと買えます。

カロリーが高い

脂質が70%以上占めていますから、カロリーが高いです。卵黄型は100gあたり706kcal。全卵型は100gあたり686kcalあります。

油1gは9kcalありますから、カロリーが高くなるのは当たり前です。

昔、山で遭難した人がマヨネーズだけ持っていて、それをなめながら飢えをしのいで無事発見されたというニュースを見たことがあります。

糖質は全卵型ならほとんどゼロです

調味の関係なのか、炭水化物の量に違いがあります。全卵型ならほとんどゼロです。マヨネーズの食物繊維総量はゼロなので、炭水化物が糖質の量になります。

このような関係式があります。

炭水化物=糖質+食物繊維総量

使っている油の脂肪酸はオメガ6が多い

マヨネーズに使われている油は、価格が安い大豆油かなと思っていましたが、n-6系多価不飽和脂肪酸を見ると、卵黄型、全卵型とも大豆油だけではなさそうです。

大豆油は脂肪酸の50%くらいがn-6系(オメガ6)のリノール酸です。全卵型の方が、リノール酸が多いです。

マヨネーズの栄養成分
100gあたり
卵黄型 全卵型
エネルギー 706kcal 686kcal
水分 16.6g 19.7g
たんぱく質 1.4g 2.5g
脂質 76.0g 74.7g
炭水化物 3.6g 0.6g
灰分 1.9g 2.0g
食物繊維総量 (0) (0)
脂肪酸総量 70.08g 70.41g
飽和脂肪酸 6.07g 10.37g
一価不飽和脂肪酸 39.82g 27.69g
多価不飽和脂肪酸 23.51g 31.54g
n-3系多価不飽和脂肪酸 5.49g 4.92g
n-6系多価不飽和脂肪酸 18.02g 26.62g
※日本食品標準成分表2015年版(七訂)より

マヨネーズのつくり方

マヨネーズのつくり方は、キューピーのマヨネーズができるまでを見ていただくのが一番早いでしょう。

卵黄、酢、調味料に植物油を少しずつ加え、すばやく混ぜます。

普通、油と酢は混ざりませんが、卵黄が両方をむすびつけてくれるので、混ざります。これを「乳化」といいます。

手作りしている人のそばで見たことがありますが、すばやくかき混ぜて乳化させるのがなかなか大変です。今なら、ハンドミキサーがあるから簡単にできるでしょう。

マヨネーズはいつからあるのか

ソースの歴史 (「食」の図書館)を読みました。原書房のこのシリーズ、翻訳本ですが、マニアックでとても面白いです。

ちなみに、以前、同じシリーズの本を読んで、脂肪の歴史を読んだという記事を書いたことがあります。この本も面白かったです。

脂肪の歴史 (「食」の図書館)を読みました。こんな本が読みたいと思っていたのです。よくぞ出してくれたと思います。いまは嫌われることが多く、なるべくとらないようにいわれる脂肪ですが、その昔、脂肪に価値がなかったとは思えません。なぜなら、脂肪が

「ソースの歴史」に、マヨネーズの歴史が書かれていました。

マヨネーズの誕生

マヨネーズはフランス生まれなのか、この書き方だともう一つスッキリしませんが。フランスでよく知られたものになったことは間違いないでしょう。

マヨネーズは18世紀にフランスに入ってきたと言われている。1756年、イギリスとの七年戦争に参加していたリシュリュー公爵がスペインのマオンという町で勝利をおさめたあと、このソースを持ちかえったということだ。

もっとも「マヨネーズ」という言葉がフランス語に入ったのは19世紀のことである。19世紀以前の料理書にある「冷たいソース」が現在のマヨネーズに近いが、このソースは乳化しておらず、とろみを保つためには冷やしておく必要があった。

『フランス人の料理人 The French Cook』にあるユードのレシピも、アルマンドソース[卵黄を加えたホワイトソース]とアスピック[ブイヨンをゼラチンで固めたゼリー]とオイルで作られており、「氷で冷やしておく」必要があった。

現在マヨネーズと呼ばれている卵黄とオイルを使うソースは1819年頃に料理書に初めて現れたが、「マホネーズ mahonnaise」や「バヨネーズ bayonnaise」と書いてあることもある。

グリモー・ド・ラ・レニエールはその「饗応の手引き Manuel des amphitryons」(1808年)で「マヨネーズ」はフランス語ではないと退け、「マオネーズ」はスペイン語のマオンという美食に縁のない地名にちなむからと却下した。

そうして多くの革新的な食通を生み、ヨーロッパ一のハムを産するバヨンヌの町を思い起こさせる「バヨネーズ」こそ正しい名前だと主張したのである。

フランスで修行を積み、貴族の料理人を務めるなどしてからニューヨークのレストラン、デルモニコスのシェフとなったチャールズ・ランホーファーは『エピキュリアン The Epicurean』(1894年)に「バヨンヌ風マヨネーズソース」の名前でスペイン産のコショウとバヨンヌ産のハムを加えた卵ベースのマヨネーズのレシピを載せている。

カレームはそれとは別のスペルと起源を主張している。

彼は火を使わずにこのクリーミーでなめらかなソースを作るには、乳化するまでひたすらかき混ぜるしかないという理由で、「扱う、かき混ぜる」を意味するフランス語の動詞「マニエ manier」から「マニョネーズ magnonnaise」がふさわしいとした。

そのうえでカレームは4種類の「マニョネーズ」を紹介している。

卵黄、タラゴン、酢とエクサンプロヴァンス産のオリーブ油で作る「白いマニョネーズ」、チャービル、タラゴン、サラダバーネット、ディルを使う「ラヴィゴート風」、ベシャメルソースを使うもの、そしてマスタードを使う「プロヴァンス風」である。

文中後半に登場するカレームは、アントナン・カレームのことです。ウイキペディアには、フランス料理の発展に大きく貢献し、当時は「国王のシェフかつシェフの帝王」と呼ばれていた、と書かれていました。

さらにマヨネーズが商品化された歴史も書かれていました。

マヨネーズの商品化

マヨネーズの商品化は、1907年にアメリカのフィラデルフィアでデリカテッセンの店主が妻のレシピを使って「ミセス・スカラーのマヨネーズ」を売り出したことに始まる。

続いて1912年、ニューヨークでリチャード・ヘルマンが自分のデリカテッセンでマヨネーズを売り出した。この製品はのちにヘルマンのブルーリボンマヨネーズとして広く売り出され、1923年にはヘルマンは世界最大のマヨネーズ会社になった。

1930年代にはクラフト社が瓶詰めのマヨネーズを発売、さらに1933年にはマヨネーズとサラダドレッシングを合体させた「ミラクルホイップ」を売り出した。

日本で最初にマヨネーズを売り出したキューピーは1925年の創業で、その「極うま」な品質で日本国外でも食通から突出した評価を得ている。

キューピーマヨネーズは全卵でなく卵黄だけを用い、米酢とグルタミン酸ソーダを使っている。

2011年にブルックリンで創業したエンパイアマヨネーズ社は、ブラックガーリック、スモークパプリカなど常に多くのフレーバーを用意しており、「ぜいたくなマヨネーズ」が売りである。

キューピーが出てきたので、調べてみると、年表が出てきました。1925年は大正14年です。

キユーピー マヨネーズの歴史をご紹介します。

1943年には戦争のため製造中止になりますが、1941年にはマヨネーズの出荷が10万箱(約500トン)近くになっていたと書かれています。

さらにサラダの歴史(「食」の図書館)を読むと、もう少し詳しく書かれていました。この本も面白いですよ。

アメリカに新たな食材― 市販のマヨネーズ ―が登場し、サラダドレッシング作りに変革をもたらした。ニューヨークでデリを経営していたリチャード・ヘルマンは、その可能性に真っ先に目をつけたひとりだった。

1912年、ヘルマンはマンハッタンの自分のデリで、自家製のマヨネーズを小規模で販売し始めた。最初は1ガロン(約3.8リットル)の陶製の容器入り、その後はもっと小さいもの、そして、製品への需要がさらに増えると瓶入りのものを売り出し、それを3本の青いリボンを描いたラベルで飾った。

ついにはマヨネーズの需要があまりにも大きくなったため、ヘルマンはデリを閉めて、マヨネーズ製造業に専念することに決める。

マンハッタンのダウンタウンに最初の工場を造り、その後ロングアイランドにも製造工場を造った。その後は、マンハッタン以外の地域でも市販のマヨネーズの流通と工場設立が続き、シカゴには1919年、サンフランシスコにも1922年に工場ができた。

ほかの大小の製造業者もこの流れに飛びついた。消費者はスプーンですくえるドレッシングを好んだ。また、クラフト社が販売を始めた注ぐタイプのドレッシングも人気が出た。

クラフト社は1925年にまずフレンチドレッシングを販売し、1933年にはクラフト・ミラクルホイップが登場した。

それ以前から、サラダを自家製のマヨネーズで食べることはあったが、商品化されたことでずっと身近で便利なドレッシングになり、その流れが当時のアメリカの料理本にも反映された。

マヨネーズをつくって売ってみたら大ヒットだったんですね。ヘルマンのマヨネーズは、探したらアマゾンでも入手可能でした。

ヘルマン リアルマヨネーズという商品名です。日本のマヨネーズと比べるとかなり高いです。ご参考まで。

マヨネーズが大人気なので、1930年頃出版された料理本にもマヨネーズを使った新しいタイプのサラダが紹介されていたそうです。

マヨネーズを使うポテトサラダ、マヨネーズかフレンチドレッシングで和えるキュウリとパイナップルのサラダ、メロンとカッテージチーズに好みでマヨネーズを加えるサラダ、キュウリとパイナップルのサラダにマヨネーズかフレンチドレッシングを合わせるサラダが紹介されている。

まとめ

マヨネーズの歴史は、案外古いもので、18世紀に始まります。もっと新しいものかと思っていました。

キューピーがマヨネーズを作り始めた1925年(大正14)頃は、満洲から大量に大豆が入ってきた時期です。大豆はおもに肥料として使われていました。大豆は20%程度油を含む油料作物ですが、もともと油は副産物でした。

この記事では、日本人にとって大切なたんぱく源である大豆の自給率がなぜ低いのか理由を探しました。 大豆は味噌、しょう油、豆腐、納豆、など日本人にとって重要なたんぱく源です。しかし、自給率が低いことは、中学高校で習いました。米の自給率にはとてもこだわっているのに、なぜ大豆にはこだわらないのでしょう?

ひょっとしてマヨネーズは、大豆油の新しい使いみちとして、ハイカラなソースとして作られたのかなと思いました。

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