ビタミンA発見の歴史は夜盲症の治療から

ビタミンAがどのように発見されたのか。ビタミンA欠乏症の夜盲症は肝臓(レバー)を食べれば治ることは、はるか昔から知られていました。しかし、そのこととビタミンAは結びつかず、ビタミンAはバターから分離されました。

レバー

ビタミンAについて、働きや必要量についてなど、ビタミンAは過剰摂取に注意するという記事にまとめてあります。

ビタミンAは過剰摂取に注意する
この記事では、ビタミンAの種類と、ビタミンAの作用と欠乏した場合に期待できる効果、1日の摂取量、ビタミンAが多い食品、過剰摂取には害があるこ...
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夜盲症の歴史はとんでもなく古い

ビタミンAが欠乏すると夜盲症になります。栄養学の歴史には次のように書かれていました。

最初に見つかったのはビタミンAであった.存在はヒポクラテス時代かまたはそれより前に欠乏症が夜盲症として予想され、その治療法も多くの人に知られていた。

いろいろな肝臓標品が治療のためにヒポクラテス,ガレノス,中国およびヨーロッパ中世の学者によって処方された.

ヒポクラテスが生きたのはギリシア時代。 紀元前460年ごろ から紀元前370年頃です。ガレノスは、129年頃から200年頃に生きた人で、ローマ帝国時代のギリシアの医学者です。

夜盲症は昔からあり、その治療には肝臓が処方されていたというのですから、夜盲症の解決法はとっくの昔に分かっていました。

夜盲症は肝臓を食べると治る

ビタミンA発見の歴史で、必ず出てくるのが、長期航海で夜盲症が発生した時の話です。19世紀のこと。

オーストリア,ハンガリー海軍の医師シュヴァルツは長期航海で夜盲症が発生し、ゆでた肝臓を仲間に与えたら奇跡的に治ったことを記載した.

シュヴァルツはウィーンの医学雑誌で残酷な攻撃を受けた.多分肝臓療法は老婆がするような馬鹿げた治療法と考えられてきたからであろう.

しかしアフリカ探検家のリヴィングストンも含めて旅行家や医師たちの報告が19世紀に続いた.

突然、肝臓を食べさせる話がでてきたらなぜなんだろうと思ってしまいますが、それより1000年以上前に肝臓で夜盲症が治療されていたのです。

馬鹿げた治療法と考えられたのは、この時代はすでに科学的な時代になっていて、過去の治療法で理屈が分かっていないものは、たとえば「迷信」として片付けられていたのでしょう。

この本は原文がよくないのか、少々読みにくいです。

ビタミンA発見の機会を失う

ビタミンAは、日本人の食事摂取基準(2015年版)によると、成人男性、成人女性とも1日あたり1mg(1000μg)摂ればお釣りが来るくらいごく微量で間に合います。

しかし、欠乏すれば不都合なことが起きてきます。

ルニンとブンゲ

大きく機会を逸したのは1880年のことであった.現在はエストニアのタルトゥと呼ばれているドルパット市ドイツ大学のロシア人研究学生ルニンがエネルギーとしての砂糖,タンパク質(凝乳),脂肪,ミネラルからなる当時としては完全食餌とみなされたものでマウスを飼ったところ、2~4週間ですべて死亡した.

ところが同じ餌に少量のミルクを加えたところ成長した.ルニンと指導者のブンゲは驚いた.ブンゲが信奉していた理解とは異なっていたからである.

しかしルニンは1881年の論文でミルクにある1つまたはそれ以上の数の微量物質が生命を保つのに必要であるという現在では当然と思われる結論に達した.

これに反してブンゲ教授は頑としてこの考えを受け入れなかった.「補助因子」を信じないでミルクを含まない餌は調製にさいしてある種のミネラルを失い欠乏するにすぎないと考えた.

ブンゲは実際のところ無機物質(ミネラル)の役割にこだわっていた.

凝乳(ぎょうにゅう)とは、乳を酸やキモシン(酵素)で凝固させ、いわゆるカッテージチーズにしたものです。もし、牛乳が原料ならビタミンA(レチノール)は入っているのですが、この餌に使われた凝乳には入っていなかったようですね。

100gあたり(出典
食品名 レチノール活性当量
牛乳 38μg

この実験は、三大栄養素(タンパク質、脂質、炭水化物)の他に灰分(ミネラル)まで加えて設計された完全食餌を使って行われているのに、マウスが全て死亡してしまうのですから、はっきりした欠陥があることが分かります。

しかし、この結果に対して、ブンゲは必須なミネラルが入っていなかったという結論を下し、終わってしまいました。

ペーケルハーリング

20世紀に入り、ルニンの観察結果が再発見されるようになりました。オランダのペーケルハーリングは自分の発見をオランダの医学雑誌に発表したので、英語やドイツ語を母国語とする研究者には読まれませんでした。

1906年にオランダのペーケルハーリングはタンパク質,糖質,ラードからなる「基本食餌」で飼った動物は弱り死亡したが,少量のミルクを加えると正常に生長し長生きすることを観察しその意味を把握した.(中略)

次はペーケルハーリングがその結果をまとめたものである.

・・・ミルクには非常に少量でも栄養に重要な未知の物質が存在する.もしもこの物質が存在しないと生物はよく知られている主要な食物を同化する能力を失い,食欲は失われ,食物が十分にあるにもかかわらず欠乏によって死亡する.

疑いもなくこのこの物質はミルクだけでなく植物と動物起源の食物に存在するものと考えられる.

ペーケルハーリングと似たような観察をしたイギリスのホブキンスが1929年のノーベル賞を受賞しました。

マッカラム

1907年、ビタミンA発見に重要な働きをしたエルマー・マッカラム(Elmer McCollum)が歴史の舞台に登場してきます。マッカラムについては、栄養学を拓いた巨人たちにコンパクトにまとめられています。

1907年、ウイスコンシン大学農学部に勤務し、栄養学の研究を開始しました。

当時の農学部では、動物に与える飼料を化学分析し、飼料の成分が動物の健康に及ぼす効果を検討していた。

彼が研究に参加したときは、牝牛を3つのグループに分け、それぞれ小麦、カラス麦、トウモロコシを与えて飼育する実験が進められていた。これらの飼料は化学分析の結果を見れば、みなほとんど同じ化学組成であった。

ところが、飼育の結果は劇的な差を示した。小麦で飼育した牝牛は体が小さく、みな盲目であった。この牝牛が産んだ子牛は未熟児で、生まれてまもなく死んだ。

カラス麦で飼育した牝牛も、生まれてきた子牛のほとんどがまもなく死んだ。

しかし、トウモロコシで飼育した牝牛は正常で、生まれてきた子牛もまた正常であった。

研究に参加したマッカラムは、化学組成が等しいにもかかわらず、このように結果に大きな差が生じる謎の究明を任された。

調べてみたら、小麦にはビタミンAが全く含まれていません。カラス麦は分からなかったのですが、多分、似たようなものでしょう。

一方、トウモロコシは黄色い色素、カロテンが含まれていてビタミンAの効力を示すレチノール活性当量がありました。

100gあたり(出典
食品名 レチノール活性当量
こむぎ玄穀輸入軟質 0
こむぎ玄穀輸入硬質 0
とうもろこし玄穀黄色種 13μg

動物実験にネズミを使用するようになった

現在、動物実験といえばネズミを使います。ラットはドブネズミを実験動物化したもので、マウスはハツカネズミを実験動物化したものだそうです。

世代交代が早いので、短い時間で観察することができます。小動物を実験に使うようになったのはマッカランが考えて始めたそうです。

最初、マッカラムは牝牛の飼料をさまざまに変えて研究を進めたが、一向に成果があがらなかった。やがて彼は、牛の寿命が長く、結果が得られるのに時間がかかるのが難点であることに気づいた。

そこで、寿命が短く、また短期間で成熟して子を産むネズミを実験に使用することにした。

現在では生物学的、生理学的、栄養学的なあらゆる研究に使用されている。この短寿命の小動物を実験に使用する方法は、マッカラムが創始したのである。

脂肪の中にある生死にかかわる物質

黄色いバターや卵の黄身の中に「何か」があると発見されます。

マッカラムはネズミを化学組成が等しいさまざまな飼料で飼育し、健康と成長に及ぼす影響を観察した。

数年間の努力の末、1912年、ついに彼は、飼料中の脂肪を含む食品が謎の鍵を握っていることに気づいた。

脂肪がバターか卵の黄身の場合には、ネズミは健康に成長を続けたのに対し、脂肪がラードやオリーブ油の場合は、ネズミは失明し、健康が損なわれ死んでしまったのである。

当時、脂肪はそれを含む食品の種類にかかわらず、すべて同じ栄養価値があると考えられていた。

しかしこの結果は、バターや卵の黄身の中には、ラードやオリーブ油にはない、動物の生死にかかわる物質が含まれていることを示していたのである。

バター、卵の黄身、オリーブ油、ラードについてレチノール活性当量を調べてみました。

食品データベースで調べると、オリーブ油にはわずかにありましたが、ラードには0で、まったくありません。バターは食塩使用/不使用で差があります。

この当時使われたオリーブ油にはレチノール活性当量がほとんどなかったのでしょう。

100gあたり(出典
食品名 レチノール活性当量
有塩バター 520μg
食塩不使用バター 790μg
鶏卵/卵黄/生 480μg
オリーブ油 15μg
ラード 0

脂溶性A因子(ビタミンA)の発見

ついにバターに含まれる謎の物質を抽出することに成功します。脂溶性A因子(ビタミンA)の発見です。

優れた化学者であったマッカラムは苦心の末、バターに含まれる謎の物質の抽出に成功し、これをオリーブ油に混ぜてネズミに与えた。

ネズミは元気に生き続けた。この結果は、それまで知られていた三大栄養素のほかに、未知の栄養素が存在することの決定的な証拠となった。

1914年、マッカラムはこの栄養素を「脂溶性A因子」と命名した。現在の「ビタミンA」である。

前述したように、それまでのビタミン欠乏症はいずれも、医学的には対策が発見されたが、疾病の原因となる物質の同定にまでは至っていなかった。

マッカラムは科学的技術により、一挙に栄養素の化学物質としての本態にまで到達したのである。

これは栄養学史上最も輝かしい勝利といわれる。

まとめ

マッカラムは、ビタミンA、B、Dの発見にかかわったそうです。これからもたびたび名前を目にするでしょう。

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