大豆レシチンは大豆から油を搾ったあとに除かれる副産物です。レシチンはグリセロールと脂肪酸とリン酸とコリンからできています。コリンが重要です。レシチンが不足すると脂肪肝になります。レシチンは界面活性剤として働き、脂肪やコレステロールを細かくして水分の多い血液の中を流れていけるようにします。
大豆の栄養成分として大豆レシチンがよく知られています。名前だけは知っていましたが、どんなものなのか知りませんでした。
大豆レシチンとは、大豆の細胞を構成する細胞膜の主要な成分です。細胞膜はリン脂質からできているといわれますが、レシチンはリン脂質の一つです。
大豆レシチンは油を搾ったあとの副産物
かなり古い本(1984年)ですが、大豆―畑で生まれた健康タンパク (栄大選書)を読みました。この本は図書館で探して借りましたが、開架されていなくて保存庫に入っていました。資料価値がある本です。
大豆レシチンは大豆油を搾って精製するときに出てくる副産物です。
一般に大豆は加熱圧扁したのち、ノルマルヘキサンなどの溶媒を用いて油脂分を分離する抽出法によって油脂を得ている。
このようにして得られる油脂と溶媒の混合物をミセラと呼んでいるが、このミセラから蒸留によって溶媒を分離して原油を得ている。
この原油には遊離脂肪酸とか他の非油脂成分も含まれているので、脱酸、脱色、脱臭等の工程を経て精製油としている。
この最初の脱酸の工程では脂肪酸のみならず不純物や色素成分も分離されるし、不鹸化物であるレシチン、サポニン等も遠心分離法によって除いている。
このさい分離される部分を油滓と呼んでいるが、現在ではこの部分をさらに精製してレシチン、ビタミンなどの栄養上重要な物質を分離している。
サラダ油の原料となる大豆油から不要なものとして取り除かれるレシチン。大豆レシチンとしてサプリメント(?)として販売されています。
レシチンってどんな働きをするのでしょう?
レシチンの効果
効果を知るには、それが欠乏するとどうなるかという発見の話を読むのが一番理解しやすいと思います。
欠乏すると脂肪肝になり、腎臓で出血する
一九二三年にノーベル医学賞を受けたカナダの病理学者バンチングは、犬を用いてインスリンが膵(すい)臓のランゲルハンス島で合成されることを見いだした学者であるが、膵臓を除去した犬に、犬から抽出したインスリンを注射していると、犬は生存することはできるが、この犬の肝臓を調べてみると人間でいえばアルコールを飲みすぎて脂肪が肝臓に蓄積した場合と同様に、脂肪がたまった状態になっていることを見いだした。
この脂肪肝がどのようにして治癒できるかについて彼らは研究し、初めには膵臓を食べさせることによってその目的を達しうることを知り、さらに膵臓中の物質について追跡した結果、コリンを見いだしたのである。
このときも初めはレシチンが有効としていたが、後にその構成分であるコリンに行き着いている。
肝臓は通常四~五パーセント程度の脂肪含量であるが、コリン欠乏にするとそれが三〇パーセントにも達することがある。これはレシチンがあると、肝臓の脂肪が乳化されて血液に送り出されるが、これがないとその輸送がうまくいかず、脂肪が蓄積することによる。
このようにして肝臓に脂肪がたまると、肝細胞は堅い繊維状に変化し、その機能が低下する。
またコリン欠食のネズミでは腎臓で出血が起きることをバンチングの共同研究者であるベストが見ている。また彼らは幼ネズミを短期間コリン欠食にすると、その後正常食を与えても高血圧になることを見ている。
どうも腎機能障害が高血圧を引き起こす原因になるようである。
レシチンを構成するのはグリセリン、飽和脂肪酸、不飽和脂肪酸、リン酸およびコリンの五種の化合物の集合である。
このうちコリン以外は通常の食事で不足なく摂取できるが、やはり必要量を補充するためにはレシチンを多く含む食品をとることによって多量に補うことが必要である。
その意味で大豆は優れたコリン補給食品といえよう。
レシチンよりも、レシチンを構成するコリンがとても重要なもののようです。レシチンが欠乏(=コリンが欠乏)すると、脂肪肝になってしまう。
また、コリンを欠いた餌を食べていたネズミは腎臓から出血してしまう。
さらに、厚労省のe-ヘルスネットにあったリン脂質ではこのように書かれていました。
レシチンなどのリン脂質が不足すると、細胞膜の正常な働きを保つことができなくなったり血管にコレステロールがたまるなど、動脈硬化や糖尿病といった生活習慣病につながる症状を引き起こします。
リン脂質は細胞膜の材料になるのは、高校の生物と化学で習った記憶があります。リン脂質が不足することがあれば、細胞膜が正常に働かなくなることは想像ができます。
しかし、リン脂質が不足すると、血管にコレステロールがたまるのはなぜかなと思いました。
まず、レシチンとレシチンを構成するコリンとの関係がわかるように、構造について調べました。
レシチンの基本的な形はグリセロリン脂質
リン脂質のうち、グリセロリン脂質といわれるものは、脂肪の構造ととてもよく似ています。そして、レシチンはグリセロリン脂質の一つです。
有機化学 (ベーシック薬学教科書シリーズ 5 化学同人)に載せられていた構造式が分かりやすいので、改めて自分で書いてみて、これを使って説明します。
まずは図をご覧下さい。順番にグリセロリン脂質まで見ていってください。もちろん、一番重要なのは、グリセロリン脂質です。
グリセロール-3-リン酸
グリセロール-3-リン酸は、グリセロール(グリセリン)の3位の炭素(C)にリン酸が結合しています。
ホスファチジン酸
その次の、ホスファチジン酸は、グリセロール(グリセリン)の1、2位の炭素(C)についたヒドロキシ基(OH)に脂肪酸がエステル結合したものです。
脂肪酸は、R1OCOとR2OCOと表されています。R1とR2は特定の物質ではなく、炭素と水素からできている炭化水素基のことです。アルキル基ともいいます。
エステル結合(OCO)
エステル結合とは、この場合、脂肪酸のカルボキシ基(COOH)とグリセロールのヒドロキシ基(OH)が脱水して結合することをいいます。しかし、エステル結合が、(OCO)と表されていて、なぜなのかなと思いました。
調べてみると、こんなことでした。いま、脂肪酸以外の残りの部分をRとします。
R1が入っている脂肪酸とRのエステルはR1側から見ると
R1COOR
これをR側から見ると
ROCOR1
となるのです。図を描きました。なるほど、こうやって見るとわかりやすい。R1COORもROCOR1も同じものでした。
グリセロリン脂質
最後のグリセロリン脂質は、リン酸のヒドロキシ基(OH)が他の物質と脱水結合したものです。OXと「X」が他の物質であることを表しています。
レシチンは「X」がコリンの場合の呼び方です。
レシチンはホスファチジン酸のリン酸にコリンが結合したもの
レシチンは、ホスファチジン酸のリン酸にコリンが結合したものです。下の図を見ていただくとおわかりいただけると思います。
コリンは常に帯電している
コリンの窒素(N)にはプラス(+)がついています。これは、第四級アンモニウムカチオン
というもので、分子式 NR4+ と表される正電荷を持った多原子イオンです。第四級アンモニウムカチオンは常に帯電していて、溶液のpHに左右されないとありました。(出典)
帯電していると、水に溶けます。
レシチンを構成する脂肪酸はいろいろ
図にある通り、レシチンの中には脂肪酸が2本あります。しかし、脂肪酸は特別指定されていません。つまり、ステアリン酸かもしれないし、また、リノール酸や、オレイン酸かもしれないということです。
有機化学(ベーシック薬学教科書シリーズ 5 化学同人)にはこのように書かれています。
一般に,グリセロリン脂質のグリセロール1位にはC16またはC18の飽和脂肪酸が結合し,2位にはC16~C20の不飽和脂肪酸が結合する.
そして,3位にはリン酸が結合する(後略)
C16やC18は、炭素(C)の数のことです。ここで重要なのは、1位には飽和脂肪酸が結合し、2位には不飽和脂肪酸が結合するということです。
レシチンは単一の物質ではありません。
レシチンの一例
レシチンの一例を探しました。
グリセロール1位に炭素数18の飽和脂肪酸、ステアリン酸が、グリセロール2位に炭素数18の不飽和脂肪酸、オレイン酸がついたレシチンです。
2-O-オレオイル-1-O-ステアロイル-3-O-ホスホファチジルコリングリセロールと名前がついています。
これを簡単な図で表してみましょう。こんな形をしています。
レシチンは、リン脂質と呼ばれていました。この図を見るとよくわかりますね。脂肪を構成する3つの脂肪酸のうち、1つがリン酸とコリンが結合したものに変わっています。
リン脂質には特徴があります。
- 脂肪酸は、水に溶けない。疎水性。
- リン酸とコリンは、水に溶けやすい。親水性。
一つの分子に疎水性と親水性をあわせもつ物質を両親媒性物質といいます。この物質を水に溶かすと、水に溶けやすい親水性の部分は水に接し、また水に溶けない疎水性の部分は水と接しにくい並び方になり、二重膜を作りやすい性質があります。
リン脂質は、細胞膜やその内部にある細胞小器官の膜の材料になります。
乳化剤としての性質
リポタンパク質の材料にもなる
さらに、リン脂質は、脂肪やコレステロールを体の中で運搬するリポタンパク質の材料にもなります。
リポタンパク質とは、たとえば、健康診断でおなじみのLDL(悪玉コレステロール)やHDL(善玉コレステロール)のことです。
これらは、コレステロールそのものではなく、コレステロールや脂肪を運ぶものです。血液は重量で換算して80%が水です。(出典)
コレステロールや脂肪は水に溶けませんから、細かいサイズにして血液に溶けて流れて行くようにしなければ、運ぶことができません。
肝臓からは、最初にVLDLで主に脂肪(中性脂肪)を運びます。VLDLからコレステロールを配るLDLへという記事に詳しく書きました。
VLDLが脂肪を配り終わると、次にLDLとなってコレステロールを配ります。リン脂質は、脂肪をやコレステロールを運ぶことに関わっていることがおわかりになると思います。
リポタンパク質ではリン脂質は一重
リポタンパク質の一般図です。これは、イラストレイテッド ハーパー生化学原書29版に出ていた図を一部省略して描き写しました。
リン脂質はリポタンパク質では二重になっていません。そのかわり疎水性の高い内部には、トリグリセリド(中性脂肪)とコレステロールエステル(コレステロールと脂肪酸のエステル)があります。
洗剤で油汚れを洗うことを思い出す
水と油は混ざりません。しかし、洗剤を思い出してください。
油汚れの皿は、お湯で洗ってもスッキリ落ちませんが、洗剤で洗えばすぐに落ちます。これは水と油を混ぜることができる界面活性剤のおかげです。
界面活性剤は、疎水性と親水性をもちます。大豆レシチンと同じです。界面活性剤と聞くと化学薬品のようなものだと思ってしまいます。
ところが、探すと大豆レシチンを界面活性剤として使った洗剤もあるのです。働きは同じです。「ふわっしゅ」という名前の洗剤でした。
油汚れは、界面活性剤によって細かくなって水と混ざり合い流れていきます。その水を血液にかえて考えると、リポタンパク質の働きを理解していただけるのではないかと思います。脂肪はそのままだと血液の中を流れていかないのです。
脂肪肝になるのはできた脂肪が流れていかないから
膵臓を除去した犬にインスリンを注射すると、生存することはできるが、脂肪肝になってしまうと書かれていました。
インスリンは血糖値を下げるホルモンですが、同時に脂肪の合成を促します。肝臓でできた脂肪は、リポタンパク質のVLDLが十分にあれば、血液を流れて脂肪を体内に配ることができます。
しかし、レシチンが不足していてVLDLが十分に作れないのでしょう。膵臓を食べさせるとよくなることから、肝腎のコリンは膵臓にあるようです。
イラストレイテッド ハーパー生化学原書29版にはこのように書かれています。
脂肪肝の第二のタイプでは,一般に,血漿リポタンパク質の生成の代謝障害によって,トリアシルグリセロールが蓄積するようになる.
理論的にはその病変は,(1)アポリポタンパク質の合成の遮断,(2)脂質とアポリポタンパク質からリポタンパク質合成の遮断(あるいはVLDLに組み込まれる前に分解の促進),(3)リポタンパク質に存在するリン脂質の供給の欠陥,および(4)リポタンパク質の分泌機構自体の欠陥などによっている.
ある種の脂肪肝はコリン choline の欠乏によって引き起こされ,ラットで広く研究されている.そのためコリンは脂肪肝防止因子 lipotropic factor とよばれるようになってきた.
コリンが欠乏するのはどんな時?
レシチンが欠乏すると脂肪肝を始め体にトラブルが起きてきますが、レシチンを構成するグリセリド(グリセリン)や脂肪酸やリン酸は不足することはまずありません。
問題はコリンが欠乏することです。どんなときにそれが起きるのか?
オレゴン州大学・ライナス・ポーリング研究所の記事、Cholineには、Deficiency(欠乏)Symptoms(症状)の段落の初めにこのように書かれていました。
(余談ですが、この英文記事を上から下まで読むと、かなり詳しく、考えられるコリンの効果が書かれています)
十分なメチオニンと葉酸を含むがコリンが不足している溶液を静脈注射によって補給される男性および女性は、非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD)およびコリンが提供されたときに解消される肝臓障害の徴候を発症することが見出されている。
栄養を静脈注射で補給している人について書かれていました。普通に食事をしている人にはあまり関係がないのかもしれません。
厚労省の日本人の食事摂取基準2015にはレシチンもコリンも出てきません。日本では必要量について考えられていません。
ご参考まで。KEGGのグリセロリン脂質の代謝経路を見ると、レシチンを作る経路は何本もあります。ちょうど経路図の真ん中あたりに、lecithinがあると思います。
コリンの必要量はどのくらい?
しかし、脂質系栄養素:コリンの普及に際し、アメリカの現状からを読むと、コリンは、1998 年にアメリカ医学研究所の食品栄養委員会によって新しい必須栄養素と指定され、食事摂取基準が定められたとあります。
必要摂取量が成人男性で 550 ㎎コリン / 日、女性で 425 ㎎ / 日と書かれていました。
コリンが多い食品
コリンが多い食品は、論文の中で紹介されていました。レバーを毎日食べる人はあまりいないと思いますが、卵を毎日食べる人は多いと思います。
100 g 当たりで総コリン量の最も高い食品は、牛レバー (418 mg)、鶏レバー (290 mg)、卵 (251 mg)、小麦胚芽 (152 mg)、ベーコン(125 mg)、乾燥大豆 (116 mg)、豚肉 (103 mg) である。
卵はサイズ(S・M・L)によって重さが決められています。スーパーでよく見るのは、LLかLです。1個食べるとコリンはそこそこあります。
LL | 赤色 | 70g以上76g未満 |
L | 橙色 | 64g以上70g未満 |
M | 緑色 | 58g以上64g未満 |
乾燥大豆100gを食べる人はいませんが、コリンの含有量はそれほど多くないので、もし、日本人もアメリカ人並みの量のコリンが必要な場合、大豆だけからコリンを補給しようと思ってもむずかしいですね。
それで、コリンを含むレシチンだけを集めた大豆レシチンが商品になるのかもしれません。
私は、サプリメントが嫌いなので、卵を毎日必ず食べようと思いました。
まとめ
「大豆レシチン」と聞くことがたびたびあるので、どんなものか調べてみました。レシチンは細胞膜を構成するリン脂質の一つで、グリセロール(グリセリン)と脂肪酸とリン酸とコリンからできているものでした。
この中でコリンが特に重要なものです。
コリンが不足してレシチンがつくられなくなると、肝臓から中性脂肪とコレステロールを運び出すリポタンパク質VLDLやLDLが不足して、肝臓に脂肪がたまり、脂肪肝になってしまいます。
コリンが欠乏するのは、静脈注射で栄養を補給している時でした。普通に食事を摂っている時はあまり関係がないのかもしれません。
日本ではコリンについて全く考慮されていませんが、アメリカでは食事摂取基準が定められています。
毎日食べるものの中では、卵が一番多いようです。