栄養学者川島四郎先生が戦時中に開発された食品について知りたいと思っていましたら、画家横尾忠則さんとの対談から夜間視力増強食について少し知ることができました。
今、生きる秘訣―横尾忠則対話集を読みました。この本は画家の横尾忠則さんの対談集です。その中に川島四郎先生が登場しているのです。
横尾忠則さんも健康には関心が深い方で、昔、導引術について書かれた本を読んだことがあります。
川島四郎先生が書かれた本で、現在書店で普通に買える本はありませんが、この本はまだ買うことができます。
ちなみにこの対談集、出てくる人がすごいです。もともとの本は、1980年に出版されたそうです。
敬称略で書かせていただきますが、岡本太郎、今西錦司、木村裕昭、島尾敏雄、加藤唐九郎、岩淵亮順、川島四郎、山手国弘、手塚治虫、(解説)河合隼雄という顔ぶれです。面白い本です。
川島先生はどんな人なんだろう
ウイキペディアにも川島四郎先生の紹介記事はありますが、短くて物足りない。もともと陸軍経理学校に入学したとあったので、なぜその後経理とはまったく関係がない栄養学の先生になったんだろうと思っていました。
横尾 川島さんが食べ物の研究をお始めになった動機(どうき)は、どんなことからですか。
川島 私は、元は生粋(きっすい)の軍人でしたが、あのころ、日本は強い陸軍をつくろうという意気込(いきご)みが盛んで、すぐ兵器、鉄砲、大砲、飛行機、戦車というふうにくるんですが、私は、そうじゃない、本当に強い軍隊をつくるには兵隊そのものが元気で達者(たっしゃ)じゃなければいけないと言ったんです。
私は陸軍大学におったんですが、成績優秀ということで、東大に派遣されましてね。そこで栄養と食べ物の研究をやりはじめました。
私にとって兵隊の食べ物と栄養ということが、いちばん最初の出発点なんです。
終戦後は学校給食だとか一般の世の中の人のための食べ物を研究し始めました。
本に書かれていた略歴によると、戦前より東大農学部・鈴木梅太郎教授に師事し、食糧、栄養問題を研究し、軍用食糧の研究によって、東大より農学博士号を授与、さらに日本農学賞を受賞する、とありました。鈴木梅太郎教授はビタミンB1の発見者です。
川島先生の研究方法は、その環境に合わせるという方法です。
川島 私は戦争前に、満洲(まんしゅう)、モロッコ、シベリアの境から南のジャワ、ボルネオ、南洋諸島(なんようしょとう)など、将来戦争するかもしれない所は、全部この二本の足で歩いて、そこの原住民と同じ物を食って研究していたんです。
というのは、将来その地で戦争した場合に、どういう食べ物を食って戦争するのか、それをちゃんとあらかじめ調査していたんですね。
横尾 やっぱり、そういう環境とか風土(ふうど)があるわけですから、その相手国の土地に行けばそこでできる物を食べるのがいちばん最適なんでしょうね。
書かれていることを読むと、その通りだなと思います。しかし、実際にやると相当な手間と時間がかかります。
並みの人間なら何か他のもので間に合わせるよう補給物資を増やせばよいなどと考えそうですが、徹底しています。
どんな食品を開発したのか
一方で、軍用食糧の研究をしていた方なので、どんな(変わった?)食糧を開発していたのだろうと思っていました。お茶は栄養価の豊富な野菜だと考えるような方ですから、とても興味があります。
いま、川島先生が昔書かれた本を何冊か探しています。もっと知りたいと思っています。
この本では、夜間視力増強食について触れられていました。
夜間視力増強食
川島 (前略)普通の戦場では、アメリカが驚嘆したようなものを食わしておったんです。
横尾 その当時軍隊が食べていたものは、現在でも我々は食べているんですか。
川島 あんな立派なものは、今の民間では食べられないでしょう。
横尾 立派なんですか。たとえばどういうものですか。
川島 夜間視力増強食といって。晩に物のよく見える食べ物。ありゃ、すばらしいもんですよ。日本は貧乏な国で資源が少ないですから、昼間戦争すりゃ弾(たま)はよけい撃(う)たなきゃならんし、負けますからね、夜間の戦争でしょう。
だから晩に物がよく見えなきゃなりません。フクロウ、ミミズクのようにね。
それを私は長い間研究して、晩に物のよく見える食べ物を作り上げたんです。これはすばらしいもんですよ。ずいぶん、金がかかりますけれど。
横尾 どういうものですか。
川島 ミミズク、フクロウあたりを研究したんですけどね。
横尾 彼らが食う物ですか。
川島 いえ、食う物よりも、夜行性(やこうせい)の動物の目にある物質を研究したんです。ぎらっと目が黄色いような紫のような色に光りますね。
あれが特殊な物質で、目の奥の網膜(もうまく)にあるんです。それがあれば晩でも物が見えるし、それがなくなれば薄暗(うすくら)がりでも見えないわけです。
それを私はいろいろ研究したあげく、朝鮮の海の深い所に明太(めんたい)っていうスケソウダラがいるわけですね。
その魚は八〇~一〇〇メートルぐらいの深い海の底の暗い所でもよく見えるんですよ。そこでほかの魚をとって食うやつですから。
横尾 深海魚ですね。
川島 ええ、そうです。朝鮮人は漬け物にその魚を入れて、作ってるんです。ところが普通、魚の肉は食っても魚の目は食わないもんですから、そいつを集めて、その中から取り出した特殊物質で作ったんです。
これは、ドイツ製の視力測定器を使うと、普通の二・四倍よく見えたんです。それで、私の研究所の長い八〇メートルの廊下で、向こうに直径一メートルの黄色い板に飛行機の模型を置いて、それが右か左かっていうふうに見させるんです。
だんだん歩いていって「右上」「左上」とか言って、合うところまでその距離を測って、目の見える度合いを検査するわけです。
それを老若男女(ろうにゃくなんにょ)いろんなやつにやらしてみたんです。
ところが、十五歳の男の給仕(きゅうじ)が、食わしていないにもかかわらず、よく見えるんですね。
食わしていない班と食わしている班があるんですが、不思議だと思ってよく調べたら、つまみ食いをしとったんです。
それで、私は目の前じゃ叱(しか)ったけど、あとで呼んで検査してみたんです。それくらい、つまみ食いしただけでも、暗がりで物がよく見えるんですね。それが完成したのは昭和二十年の四月です。
あと四ヶ月もすると戦争が終わるときでした。
運動量は動物に学べ
スポーツが健康に役立つことはいうまでもないことですが、一方、スポーツはからだに悪いという話も昔からあります。
私も毎日のように自転車に乗っています。健康維持と体重をコントロールするためです。そして、もう一つ、これがなかなか重要なのですが、気分をリフレッシュするためです。
しかし、体力をつけたりダイエットするために走ったりする動物はいません。とても長い動物の歴史で、必要以上に運動することは確かに不自然であります。
長距離を走る動物はいない
横尾 ところで人間の食生活と運動量の関係はどうですか。
川島 運動量については大いに意見があるんです。人間の最も適正な運動量というのは、一日分のエサを取るために、あちこちあさり回り歩く時間と体力ですね。
それが最も適正な運動量です。
横尾 今、健康管理のためにジョギングがはやっていますね。あれはどんなふうにお考えですか。
川島 ナンセンスですね。
横尾 本来人間にとってはあのような運動は不必要なことなんですか。
川島 そんなことする動物はいないです。わたしはアフリカであらゆる動物の生態を見ましたけど、走っている動物は一匹もいないです。みんな歩くだけです。
横尾 エサを捕るときは走りますね。
川島 ただ逃げるときとエサを捕るときだけです。でも秒単位の時間ですよ。
横尾 長距離は走らないわけですか。
川島 ええ。チータあたりでも鹿(しか)を追っかけますね。あれでだいたい十秒以内です。
横尾 ということは、獲物(えもの)を捕らえることのできるぎりぎりの至近距離(しきんきょり)まで近づくんですね。
川島 ええ、そうです。マラソンみたいに四二キロ走るんだとか、皇居の回りを二周したとかいうのはナンセンスです。
私は京都生まれで、京都の教育会でマラソン大会がありまして、選手として銀のカップをもらったことがあるんですが、それでもつくづくああいう愚かなことをするんじゃないと思ってます。
ありゃ玄人(くろうと)の運動選手にまかしとけばいいんです。
要するに、自分の一日分のエサを歩いて探し回る、あるいは、ときには木に登って木の実を採る、小川に入って小魚をすくうなど、それくらいの運動量がいいんです。
それに合わせて胃袋ができてるんです。
時間をかけて長い距離を走る動物は人間だけです。しかし、高負荷でなければ体の調子がよくなるのも事実です。
ただ、オーバーワークになっているときは、この話を思い出しましょう。トレーニングする動物はいない。
さらに、運動量に関係して、食べ物についても書かれています。
体力に応じたものを食べる
ヒトが性能のよい道具を使えない原始的な状態になれば、体力に応じた獲物しかとれません。年寄りになって、速く走ったり力がなくなれば、動物を捕らえて肉を食べることはできにくくなります。
それで、肉以外のものを食べるようになります。
それが自然の摂理と考えるか、しかし、その状態でも肉を食べたらもっとよい健康状態になると考える人もいると思います。いまはそう考えている時代ですね。
横尾 つまり、我々の祖先の原始人のあり方を見習えばいいわけですか。見習うっていうか、それを想像すれば・・・・・。
川島 ええ。しかもお金を使わないで自分の力で捕って食べられるというのが根本の原則です。そりゃあ金で物は買いますけど、これは自分の力で捕れないもんだと思ったら食べません。
横尾 ということは、たとえば年齢的に二十代だったら体力があるから、かなり深い海の底まで潜(もぐ)って、まあ極端な場合ですと深海魚を捕ることができる。
しかし、年とともにそういうこともできなくなると、磯(いそ)の石の下にいる小魚やカニを捕ったりするようになる。
つまり、その人の年齢に合った物を食べるということですか。
川島 年齢というよりは、その食べ物を獲得する能力、体力に応じた物を食べるということです。私は今、自分の力で大きな動物は殺せません。
二十代、三十代の元気盛んなときは、ウサギや羊ぐらいなら、追っかけて捩じ伏せて殺すこともできます。
そういうときは大いに肉を食ってもいいんです。それが当然なんです。
まとめ
ネット時代になり、健康情報はあふれかえっていますが、本質から外れた話が多くなっているように感じています。
食品の効果を説明するのに、たとえば含まれているビタミンを調べて、そのビタミンがどのくらい多く含まれているかあまり考慮せず、そのビタミン特有の効果を食品の効果として羅列する本が多いように感じています。
それで、何十年か前の栄養の本に興味を持ちました。中でも川島先生の本はとても面白くて、本質的なことが書かれています。昔の本も含めて全て読みたいと思っています。