この記事では、なんとなく地味に感じられる元素、リン(P)が、実は生命活動にとても重要な働きをしていることを書きます。リン(P)って何となく地味な元素だと思っていたのでしたが、とんでもない。
リンは地味な存在
リン(P)について、正直なところ、私はあまりよい印象を持っていませんでした。
植物の肥料の三要素が、窒素、リン酸、カリなので、植物の生育にリンがとても重要らしいことは知っていました。また、リンは骨にも関係していることも何となく知っています。
そうそう、最近はあまり見かけなくなりましたが、マッチにもリンは使われています。
しかし、ハム、ソーセージなどの包装の裏には、たいていリン酸塩(Na)という保存料が記載されています。
また、洗剤に入っているリンは、下水を富栄養化して水質汚濁の原因になるといわれていました。そのため、現在は無リンとわざわざ書かれている洗剤(特に洗濯洗剤)が多いです。
また、どんな食べ物に多く含まれているとか、何のために必要なのかなど、ほとんど知りません。カルシウムや鉄など役割がはっきりしているミネラルと比較すると、なんとなく地味な存在です。
ところが、宇宙生物学で読み解く「人体」の不思議を読むと、リンがとても大切な元素であることが分かりました。
この本に出てくるリンの話が実に面白いです。教科書は、少ないページ数の中に伝えなければならない知識を詰め込むのでつまらなくなるのは仕方がないのですが、もし、こんな風に授業で習うことができたら、ものすごく楽しいだろうなと思います。
リンは生命にとって重要な元素だった
この本を読んで、リンがDNAやRNAに入っていることを初めて知りました。しかもDNAやRNAが私たちが生きていくためのエネルギー、ATPと構造がとても似ていることも初めて知りました。
DNAは遺伝情報が書きこまれているものです。RNAはそれを転写してタンパク質を作る時に使われます。
つまり、リンは生命の根源に関わっていて、リンがなくなるとこの機能が働かなくなってしまいます。
リンはDNAの分子の中で重要な役割を果たしており、セントラルドグマの機能に不可欠な元素です。
DNAはデオキシリボ核酸(deoxyribonucleic acid)の略で、糖の一種であるデオキシリボースとリン酸と塩基と呼ばれる物質が結合してできています。
塩基にはアデニン、グアニン、シトシン、チミンという4種類があり、これが文字のような役目を担っているのです。
生物の遺伝情報は、延々と鎖状につながっているDNAの塩基の配列として蓄えられているのですが、こうした機能を発揮するには情報の本体である塩基だけではなく、糖とリン酸も不可欠なのです。
なぜかというと、隣同士の塩基はそれぞれの糖とリン酸が結合することによって数珠つなぎになっているのです。
これについてはRNAもほぼ同じです。
RNAはリボ核酸(ribonucleic acid)の略で、やはり糖の一種であるリボースとリン酸と塩基と呼ばれる物質が結合してできています。(中略)
このようにDNAもRNAもリン酸がなければつながり合えないので、塩基は情報を担う文字としての役割を果たせません。
つまり、リン酸の元になるリンという元素がなければ、セントラルドグマは必然的に破綻するわけです。
だから、地球上のすべての生物は、リンなしには生きることができないのです。
文中、何度か出てくるセントラルドグマは、中心原理と呼ばれる有名なことばです。
生命の遺伝情報はDNAに保存されており、それがRNAに転写され、さらにRNAからタンパク質が翻訳され、糖や脂肪など生命活動に必要な他の成分は、このタンパク質の機能を使って合成されるという生命の基本的な仕組みを指します。
DNAやRNAを構成するヌクレオチド
文字だけ読んでも理解できません。ここはやはり構造式を見てみましょう。
下図は、塩基と糖とリン酸からなるヌクレオチドという一つの単位です。下図の場合、塩基はアデニン、糖はリボースもしくはデオキシリボースで、その他にリン酸が結合しています。
上と下を見比べてほとんど変わりませんが、ただ1ヶ所、リボースとデオキシリボースの水酸基(-OH)が違っています。デオキシリボースは1個少ない。
上のヌクレオチドは、RNAを構成するための部品です。
下のヌクレオチドは、DNAを構成するための部品です。
どちらのヌクレオチドにもリン(P)が必ず入っているのが分かります。
RNAもDNAもヌクレオチドを単位にしてつながっています。どんな風につながるのかDNAを例にして図を描きました。DNAの一部だと思って見てください。実際にはとんでもなく長いです。
DNAの塩基をつなぐリン酸
DNAの塩基は4種類あります。グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)、アデニン(A)です。
これらがつながる時に、リン酸が関係しています。遺伝情報として重要なのは4個の塩基がどのような順番で並んでいくかなのですが、見ていただければお分かりになると思いますが、リン酸がなければつなげて並べることができません。
さらに、驚くことに、この構造式がATPと関係が深いのです。
生物のエネルギーATP
地球上のすべての生物は、生きていくためにATPというエネルギーをつくってそれを消費しています。
地球上のすべての生命体は、基本的にはATPという物質を使ってエネルギーを消費しています。
ATPとは、アデノシン三リン酸(Adenosine TriPhosphate)の頭文字をとった略語で、その名の通り、アデノシンという有機物にリン酸が3つ、くっついた物質です。
ATPからリン酸がひとつ離れると、ADP(アデノシン二リン酸)に変わります。このとき、エネルギーが生じるので、細胞はこれを利用して、必要な物質を合成したり、動いたり、電気的に興奮したり、場合によっては発光したりできるわけです。
さらに、ADPからリン酸がもうひとつ離れると、AMP(アデノシン一リン酸)に変わり、この場合もエネルギーを生じます。
ATPもADPも優れているのは、何度もリサイクルできることです。光合成や食べ物のエネルギーを使い、AMPに再びリン酸をくっつけてADPに戻し、さらにリン酸をもうひとつくっつけてATPに戻すというリサイクルをしています。
このように地球上の生物は、光合成や食べ物から得たエネルギーを直接使うということはせず、いったんATPやADPという形にエネルギーを変換し、細胞内ではこれをエネルギー源にして生命活動を営んでいるわけです。
文中に出てきたATP、ADP、AMPを描きました。これらの違いは、結合しているリン酸の数だけです。
AMPとRNAのアデニンはまったく同じ
見比べて、あれ?っと気がついた方もいらっしゃるかもしれません。ATPからリン酸が2個外れたAMPと、RNAのヌクレオチドで、塩基がアデニンのものは、まったく同じものです。
遺伝情報の転写のための一つの要素と、生きていくエネルギーを取り出す物質が同じとは。しかも、この仕組みは、地球上に生きるすべての生物がもっているのです。
いや~、すごいですねえ。
これで、リン(P)が生命にとっていかに重要な元素かお分かりになったと思います。リンがなければ、細胞分裂もできないし、生きていくためのエネルギーATPも作ることができません。
つまり、生存不可能になってしまうのです。
しかし、リンを不足しないよう摂らなければいけないとは聞いたことがありません。
リンは不足しない
リンは普通に食事をしていれば不足しません。なぜかというと私たちが食べるものは、他の生物やそれを加工したものだからです。細胞の中にリンが入っているからです。
他の生き物でも、従属栄養のものは他の生物を食べるので、同じ理由で不足することはありません。
植物には与えなければいけない
しかし、自分で光合成をして有機物をつくる植物は別です。植物は食虫植物は別ですが、基本的に養分を根から吸い上げます。他の生物を食べることはないので、リンが必要になります。
赤潮はリンのおかげで植物プランクトンが大増殖
赤潮は、海水にリンが流れ込み富栄養化することで発生すると何となく知っていたのですが、リンがその原因物質です。
ここまで書いて来て、リンがすべての生物が生きていくための根源に関わる元素だと理解できました。そしてもう一つ、赤潮が発生するのは、もともと、海にはリンが不足しているからなのです。
生命にとってリンがきわめて重要な元素であることは、海に溶け込んでいる成分と生命を構成している成分を比較すると、再認識させられます。
生命は海から生まれたといわれていますが、生命を構成している元素の組成は、基本的には海の成分とよく似ています。
でも、唯一、決定的に異なるのが、リンなのです。
リンだけは海にほとんど含まれていません。ほかの元素は、周囲の海にたくさんあるから上手に利用して進化してきたのでしょうが、リンだけは簡単に手に入らなかったわけですから、かなり無理をして利用してきたはずです。
つまり、リンを利用するということは、生物が生きていくうえで、どうしても必要なことだったということが、海の成分との比較からも推測できるのです。
海に生きる生物がいかにリンの不足に苦労しているのかは、赤潮に端的に表れています。
赤潮とは、海中でプランクトンが異常に増殖し、海が赤、ないしは赤褐色に見える現象です。
増殖するプランクトンが、ニンジンなどにも含まれるカロテノイドという赤い色素をもっているため、海が赤く見えるのです。
海は汚れてしまいますが、プランクトンにとっては幸せな出来事なのですね。きっと。もちろん、このときのプランクトンは植物性のプランクトンです。
リンは過剰摂取で骨が弱くなる
リンは普通に食事をしていれば欠乏することはありません。しかし、過剰摂取には気をつけた方がよいです。
図解入門よくわかる栄養学の基本としくみに書かれていました。
おもしろいことに、リンを摂りすぎても、骨からカルシウムが遊離して骨が弱くなってきます。
リンが高くなると、骨のカルシウムを溶かして両者の血清濃度のバランスを保とうとします。
また、リンが高くなると、カルシウムと反応して組織に沈着するため、カルシウムが使われてしまいます。
そうするとPTH(注:副甲状腺ホルモン)が分泌され、骨からカルシウムを遊離して、血清カルシウム濃度を正常レベルに保とうとします。
普通に食事をとっている分には、過剰になることはあまり考えられません。問題とされているのは食品添加物です。
加工食品には、添加物としてリンが多く使われています。とくにインスタント食品や清涼飲料水には、保存剤としてリンが多く使われています。
そのため、最近では摂り過ぎが問題になっています。
まとめ
肥料の三大要素、窒素、リン酸、カリと、海の赤潮の原因がリンによる富栄養化だという話がこの記事を書いて初めて結びつきました。
リンがすべての細胞に必ず含まれていて不足することがないので、地味なイメージを持たれやすいのかもしれませんね。
ミネラルについては、ミネラルについての記事一覧をご覧下さい。