じゃがいもを凍結乾燥させると毒を抜き長期保存が可能になった

じゃがいもは育てやすく生産性が高いので、世界中で栽培されています。しかし、ソラニンやチャコニンという毒になる成分を含みます。アンデスの山岳地帯では古い時代に凍結乾燥させることで毒を抜き長期保存が可能になりました。そして、じゃがいもを主食にすることによってインカ文明が支えられたと考えられています。

じゃがいも

じゃがいもは育てやすく多収である

ジャガイモの歴史 (「食」の図書館)を読むと、冒頭こんなことが書かれています。

ジャガイモは、コムギ、コメ、トウモロコシといった主要農作物が育たない、標高の高い、乾燥した土地でもよく育つ。生育期間が非常に短く(75日間)、栽培と収穫に比較的手間がかからない、鋤(すき)1本あれば、植え付け、除草、掘り起こしをすべて行なえる。

ジャガイモは多産でもある。1本の茎から平均的約2キロのジャガイモが収穫できるが、生産性はもっと上げられる。ギネス世界記録では、エリック・ジェンキンズというイギリス人が1本の茎から168キロのジャガイモを栽培したと認定されている。

そのうえ栄養分も豊富だ。中くらいの生のジャガイモの熱量はせいぜい100キロカロリーほどだが、ビタミンC、ビタミンB6、さらに鉄、カリウム、亜鉛などのミネラルが豊富で、皮ごと食べれば食物繊維をたっぷり摂取できる。

一方、脂肪やコレステロールは含まれておらず、ナトリウム(ソジウム)も少ない。(中略)

ジャガイモは、簡単に運搬でき、きちんと保管すれば数か月保存がきく、経済的で、じつに幅広い種類の、あらゆる味、舌触り、香りの料理の素材になる。(中略)

ジャガイモは他のどの野菜よりも消費され、世界的な生産量でいうと、もっとも重要な食物であるコムギとコメに次いで多い。

じゃがいもの栄養成分については、以前、じゃがいもの栄養成分を調べてみたという記事を書きました。

ここに書かれている通り、じゃがいもはおいしくて腹持ちがよく、頼りになる食べ物です。

じゃがいもの原産地アンデス

じゃがいもの野生種には235種ありますが、その中で、トゥベローサム種だけが世界中で栽培されるようになりました。日本のメークイーンも男爵もこの品種の一つです。

南アメリカのほぼ全域、中央アメリカ、そして北アメリカの南西部にまたがる広大な地域に生育していたジャガイモには235の種類があった。

現在、栽培品種化されているすべての食用植物の中で、ジャガイモほど数多くの野生種の祖先を誇る植物は他にない。(中略)

アンデス山中に平らな土地や肥沃な土壌はほとんどないが、アンデスの農民たちは山の斜面にテラス状の段々畑をつくり、灌漑用水路を建設し、およそ70の植物を栽培化[野生植物を人間に有益な作物となるように改変すること]した――これは、ヨーロッパ、もしくはアジア全域で栽培化された植物の数にほぼ等しい。(中略)

唯一S.tuberosum――[普通ジャガイモ]――だけが名もない端役から一転、世界的なスターの座に躍り出たのだった。

紀元前1万年頃、おそらくチチカカ湖盆地で、アンデスの農民たちがS.tuberosumの栽培化に成功したといわれている。

世界中でもっとも農業に不向きなこの土地で、ジャガイモは人間の主食となった。アンデスの夏は、日中暖かく夜は寒い。日中の暖かさは地上に出ている茎の成長を、夜の寒さは根の成長を促すため、ジャガイモには適していた。(中略)

栽培化されたジャガイモの中でアンデスの主要品種だったものが、アンディジェナジャガイモ(S.andigena)だった。これは感光性植物で、夜が長い低緯度地方(赤道付近)でしか塊茎が形成されない。

塊茎は大きく、丸く、均等でくぼんだ「目(芽)」があり、でんぷん含有量が高い。(中略)

収穫したジャガイモは、理想的な状態で保存しても、数か月もすれば芽が出たり、簡単に黴(かび)が生えたり腐ったりする。

このため、独特の保存方法が考え出されていました。

凍結乾燥させたジャガイモ「チューニョ」

カラー版 – 新大陸が生んだ食物―トウモロコシ・ジャガイモ・トウガラシ (中公新書)に詳しく説明されていました。

長期保存が可能になる

最初のころに戸惑ったのは町であれ村であれ、食堂のスープや主菜のなかに、黒っぽい固形物が何個か混ぜられていたことである。不思議な食品だと思ったが、香ばしさやサクサクとした歯触りからして違和感はなかった。(中略)

チューニョの加工方法や食べ方について説明しておきたい。

乾期(五~十月)の六月、収穫したばかりのジャガイモを真昼の強い天日に晒(さら)し、夜から朝にかけては霜に晒す。この繰り返しを数日間続けると、ジャガイモの水分と澱粉(でんぷん)が分離してブヨブヨになる。

これを毎日足で踏みつけて乾燥食品にしたのがチェーニョである。保存を目的にした脱水加工の方法という点では、日本の高野(こうや)豆腐か寒天と似たところがあるといえる。(中略)

これは凍結乾燥という方法ですね。高野豆腐と寒天を例に出していただくと分かりやすくなります。高野豆腐も寒天もとても長く保存できます。

ほかのジャガイモの乾燥食品として、白チューニョとも呼ばれているモラヤがある。これもチューニョ同様に霜に晒すが、天日にはまったく当てない。

そのために村人は凍(い)てつく早朝にイモをかき集めて枯れ草や布類をかぶせ、夕刻になってからふたたび野晒(のざら)しにする。

この作業をやはり数日間続けたのち、川や水溜(みずた)まりのなかに二〇日間ほど浸(つ)けてから乾燥させる。

これらに加工するのは、そのまま保存すると芽が出たりしなびたりしてしまうジャガイモと違って、長期間の保存が可能だからである。

また、アク抜きができるほかに、味や食感からしてもジャガイモと異なる食品として味わえるためでもある。

おもな食べ方はいずれも、一晩水でふやかしてから茹(ゆ)でる。

きっと日本人でチューニョを作っている人がいるだろうなと思いました。調べてみると、すぐにサイトが出てきました。

自然食マクロビオティックの宿『タンボ・ロッジ』さんで作ったものが紹介されていました。写真があるのでどんな色になるか見ていただくとよいのではないかと思います。

http://tambo1.com/l-9-5.html

冷凍庫を使えば別だと思いますが、もちろん、冬に凍結するほど寒くなる土地でなければ加工できません。

毒抜きになる

このチューニョを作る方法は、じゃがいもから毒を抜く方法でもありました。じゃがいもには、芽と緑になった皮の部分にソラニンが含まれ、これは毒になります。

ジャガイモのきた道―文明・飢饉・戦争 (岩波新書)に書かれていました。

先述したようにジャガイモの有毒成分の主なものはアルカロイド性物質のソラニンであるが、これは細胞の中にある液胞に存在する。

したがって、イモを踏みつけ細胞壁をこわして脱汁すれば、液胞の水分とともに有毒成分も流れ出るのである。

もちろんアンデスの人たちはこのような植物の仕組みをはじめから知っていたわけではなく、おそらく有毒成分を含んでいて食べにくいイモ類を食べようとして経験的に知ったのであろう。

ソラニンは芽と緑色になった皮にあることが知られています。芽を取って、緑色の部分は厚く皮をむかなければ食べられません。

しかし、細胞の中の液胞にソラニンがあるということは、じゃがいものどの部分にも基本、ソラニンはあるということですね。濃度差があるのでしょう。芽は細胞数が多いので分かりますが、なぜ、緑色の皮にあるのかは分かりませんでした。

さらにこの本にはもう少し詳しく説明されていました。

ソラニンとチャコニン

ジャガイモなどの野生のイモ類が容易に見つけられたとしても、それを食べることは容易ではなかったと思われる。

それというのも、ふつう野生のイモ類は塊茎(地下茎が肥大したもの)や塊根(根が肥大したもの)に多量の有毒物質を含んでいるからである。

これは、野生のイモ類にとっては自らが繁殖するために動物などに食べられないようにするための工夫であるが、それを食べようとする人間にとっては問題である。

有毒成分のせいで、美味しそうに見えるイモ類も加熱したくらいでは食べられないほど苦かったはずだからだ。

たとえば、野生のジャガイモはソラニンやチャコニンなどのアルカロイド性の有毒物質を大量に含んでいる。(中略)

化学者たちの調査によれば、ふつう野生のジャガイモは一〇〇グラム中に一〇〇ミリグラム以上のソラニンを含んでいるが、人間は一五~二〇ミリグラムほどのソラニンが含まれているだけで苦味を感じ、人体には有毒であるとされる。

ところが、野生のジャガイモはその許容量の五倍以上もの有毒物質を含んでいるのである。このソラニンの毒性はあまり強くはないが、それでも大量に摂取すれば死ぬことさえある。

チャコニンという物質も出てきました。調べてみると、農水省のサイトに、食品中の天然毒素「ソラニン」や「チャコニン」に関する情報がでていました。

食品中の天然毒素「ソラニン」や「チャコニン」に関する情報:農林水産省

どんなじゃがいもにも含まれているようです。

芽がなく、皮にも緑色になった部分がなく、かつ、適当な大きさまで成熟したジャガイモも、微量ですがソラニンやチャコニンを含んでいます。皮をむくことで、ソラニンやチャコニンをとる量を減らすことができます。

さらに、具体的にどのくらい含まれているか、食品に含まれるソラニンやチャコニンに表が載せられています。

食品に含まれるソラニンやチャコニン:農林水産省
普段食べているジャガイモにも含まれていますから、芽が生えたり、皮が緑になっていたら本当に要注意ですよ。

さて、じゃがいもの野生種のように強い毒が入っているものは中毒を起こすことがわかれば食べなくなります。もちろん、その中にはソラニンの含有量が少ないものがあり、それが、栽培種となっていったのでしょう。

そして毒抜きのために編み出されたのが、凍結乾燥させて水分を抜いてしまうチューニョでした。

しかし、毒抜きをして食べていたということは、他に食べられるものが簡単に得られなかったのだと思います。

インカ文明を支えたじゃがいも

じゃがいもの栽培化は、ジャガイモの歴史 (「食」の図書館)では紀元前1万年、ジャガイモのきた道―文明・飢饉・戦争 (岩波新書)では紀元前5000年頃と書かれていましたが、どちらにしてもとんでもない大昔のことだということです。

チャビン・デ・ワンタル(Chavin de Huantar)

スペインに滅ぼされるインカ帝国成立は15世紀のこと。それよりずーっと前、紀元前800年頃に建てられた神殿、チャビン・デ・ワンタルがあります。これは世界文化遺産に登録されているそうです。

まったく今は便利な時代で、グーグルマップのリンクを貼っておきます。すごいのは、ストリートビューを使うと、地下の階段の中まで見ることができます。

Google マップ

神殿を建てるようになるため、つまり文明の発達には、農耕の発達が必要だとされています。農耕の発達によって、余暇時間が生まれ、経済や社会、宗教などいろいろな活動が可能になります。特に保存性が高い穀物必要だと考えられています。

寒冷な高地ではじゃがいも

この場所は、標高3200メートルあります。

一般にアンデス文明を支えていたのはトウモロコシを中心とする作物だと考えられていたそうです。標高3200メートルはトウモロコシが栽培できる(標高の)上限でした。

ジャガイモのきた道―文明・飢饉・戦争 (岩波新書)の著者、山本紀夫先生は、寒冷な高地でも栽培できるじゃがいもではないかと考えられていたのですが、証拠になるものが見つけられないでいました。

ところが1990年になって新しい手法が考えられました。

それは、人骨のたんぱく質(コラーゲン)を抽出し、それを構成する主元素である炭素と窒素の量を測定して、その値から人骨の生前の食生活を復元する方法である。

詳しい説明は省きますが、この方法を使えば、古代人が何からどのような割合でエネルギーやたんぱく質を摂取していたかある程度解明することができる方法です。

その結果。

バーガー教授たちは、それはトウモロコシではなく、寒冷高地に適したジャガイモであったと判断している。また、やはり寒さに強いキヌアも栽培し、それも重要な食糧源にしていたと考えている。

キヌアはウイキペディアのリンクをお読みください。

少なくとも寒冷な高地では、トウモロコシが主食ではなく、寒冷高地に適し、生産性が高いじゃがいもやキヌアだったと考えられるようになりました。

じゃがいもは、もちろん、そのままでは数か月しか持ちません。チューニョなどに加工されることで、長期保存が可能になり、穀物のかわりとなることができます。

NOTE

じゃがいもは、栽培しやすく世界中で栽培されています。しかし、世界に広がった品種はS.tuberosum(トゥベローサム種)だけです。

じゃがいもがアンデスで栽培化されたのは紀元前1万年とも紀元前5000年ともいわれます。野生種は、毒が多く、そのままでは食べられないので、凍結乾燥させ、水分を抜いたチューニョなどに加工される方法が生まれました。また、そのおかげで長期保存が可能になりました。

特に山岳地帯では、ジャガイモが長期保存食糧となり、インカ文明を支えることになったと考えられています。

いもの野生種には毒が多いと覚えておきます。

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